第19回弦躋塾セミナーの動画をアップしました

本日、2004年の9月に行なわれた「第19回弦躋塾セミナー」の動画が完成し、YouTubeにアップロードしました。特別講師は、広島県鍼灸師会元会長、経絡治療学会夏期大学特別講師などを歴任された時本 忠(すなお)先生です。全5巻の構成で、1~3は時本先生による講義と実技、4と5は首藤塾長による講義と実技が収録されています。

 

時本先生は柳谷素霊の弟子であり、「子午流注鍼法」の使い手で、まさに名人です。その治療はシンプルで即効性があります。首藤先生と同じく、理屈よりも実践を重んじる臨床家であることが映像からも伝わってきます。実技では26人(うち2人は治療せず)も診ていただいたのですが、この動画でも、どんどん主訴が取れていく様子を見ることができます。当時、私は撮影しながら、なんであんな簡単に痛みが取れてしまうのかと不思議でなりませんでした。でも動画を何度も見ていると、温かい手・正確な取穴・気至る鍼・経絡の運用といった臨床に不可欠な要素がはっきりと浮かんできます。そして小林詔司先生や吉川正子先生にも通じる反対側の治療といったことも、今後の研究材料にしたいと考えています。また、講義では心腎の交流、心包絡の概要といった病理についても話されており、古典を学ぶ方の参考になると思います。時本先生を知らない若い鍼灸師や学生の方にも、ぜひこの動画を見て頂きたいです。そして、動画公開を快くお許しくださった時本忠先生、時本哲弥先生に感謝いたします。ありがとうございました。




首藤塾長の講演は、講義:内臓疾患の鍼灸治療(含む症例発表)・取穴論(取穴手順と曲池の取穴)・実技(脈診のコツと肝虚証の治療)が収録されています。また、時本先生の治療に関する考察も述べています。YouTubeのページにはチャプターを記してあるので参考にして下さい。

 

時本先生の講演「心臓疾患の鍼灸治療」から、大切だと感じた点をまとめました。

 

子午法について

子午法というのは、相対するという意味がある。心臓の病が胆経にあらわれる。12時は胆経が旺気する時間だが、これが旺気せず、相対する少陰心経の病があらわれる。

心痛と真心痛

古典では心臓疾患を心痛と真心痛に区別している。

心痛というのは心包絡、君火と相火の病、消化器系や腎臓系、つまり機能的疾患、器質的疾患をいう。

真心痛は君火の病で、手のひらを返すが如く死んでしまう。現代で言う狭心症とか心筋梗塞にあたる。君火の病には虫痛、疰痛、風痛、悸痛、食痛、飲痛、寒痛、熱痛、去来痛の9種類がある。

五臓と陰陽の交流

陽臓の心(神)と陰臓の腎(精)の交流が生命全体の軸となり、五臓の中でも主として大事なものを「精神」と表現する。心と腎の交流が上手く行けば健康が保たれる。

腎臓が弱ると胃気が上に上がらなくなる。それで心臓に影響する。相火をもらって腎臓は動いているが、それが足りないと心腎の交流が上手く行かなくなる。

心包絡の概要

君火 上焦の心臓そのもの。心筋を主として指したもの。

相火 君火と下焦の水腎を結ぶ連合系。大動脈、腹大動脈。

   上焦においては心臓を包む血管網(冠状動脈、中心静脈)

   下焦においては腎間の動気として腎気と交流(腎動脈)

心包絡の作用は上中下の三焦にわたる。足(小心)の状態にも反応があらわれる。

だから心包経に鍼をすると腎経、肝経、脾経にも効果がある。一番効くのは腎経。

難経三十六難の説

 左腎(後天の気舎)は脾胃でつくられた栄養物質(気血)を貯蔵、右腎(先天の気舎)は生命力の根元、生殖能力の源。

水虚は火の旺気実を招く。腎虚によって心と腎間の動気の旺気実を招くため、動悸や発作が起きたりする。

脈診

脈診では左寸口部が洪・滑・緊などの実脈(強い脈状)は重症。

         細・弱など虚脈(特に弱い脈状)は重症。

         滑数は要注意。

         滑遅は心配なし。

         緊数は要注意。

         細脈は狭心症・心筋梗塞・胸痛。

         弱脈は、循環器が弱って、腹部・下肢の血行障害。

心疾患における胸腹部の圧痛点

一番多く出るのは巨闕。巨闕に圧痛がある場合は気海にも圧痛が出る。気海や関元の刺鍼で巨闕の圧痛が取れることが往々にしてある。背部では膈兪、志室に良く出る。膈兪は更年期障害や消化器疾患、不眠症等でも反応が出る。心兪や神道にも反応が出るが、ここには強刺激をしてはいけない。

治療

治療の基本は、少陰腎経と心包経を組み合わせる。然谷(火穴)と内関(絡穴)を使う。発作時は内関ではなく郄門を使う。

 

以下は時本先生の「実技」からのまとめです。

 

・「子午流注鍼法」を使う場合は、脈証に関係なく疾患部位と経脈の走行に従う。治療は

 疾患部位、または病症経に対応する経脈の「健側」に行ない、原則として絡穴を用いる。

 軽い重圧感を生じ、気持ちよい響きが流れるのが最も著効を奏す。電撃様の強刺激は駄

 目。1~3分程度の置鍼もよい。

・支正の取穴は肘を曲げて取穴すること。小腸経は手を伸ばすと正確な取穴ができない。 『十四経発揮』では腕関節から肘関節までが1尺2寸、支正は腕関節から5寸に取る。

・支正の刺鍼は小腸経のほうへ、骨の下に向けた角度で刺入する。

・鍼の刺入は経脈を通り過ぎないように少しずつ弾入すること。気の至りを感じなくては

 ならない。腰痛は肝の病とみる。

・耳鳴りは患側の照海(腎経)、右側の偏歴(大腸経)。合谷の位置で手を交差させて、

 人差し指の部分が列缺、中指が偏歴となる。偏歴は子午の法則である。耳鳴りは腎だけ

 である。10分ぐらい置鍼するとよい。補足的な治療をするとすれば腎兪や三焦経など

 を使うが、即効的には照海と偏歴だけでよい。抜鍼するときに気が抜けないよう押さえ

 ること。刺鍼の際、ツボが深い場合は慢性である。

・たとえば五十肩の患者に、肩をいじってから子午治療をしても効かない。子午だけやる

 こと。

・五十肩は肺経・三焦経・小腸経の3通りしかない。まず肺経の雲門付近の圧痛を調べ、

 尺沢の圧痛を調べる。尺沢は2ヶ所ある。慢性は外側、急性は内側(心包経寄り)に出

 る。五十肩は肺経の病が多い。大腸経もあるが、肺経を治療すれば大腸経も治る。同様

 に肩膠(三焦経)に圧痛があれば、外関や上四瀆の圧痛を診る。また肩貞や天宗(小腸

 経)に圧痛があれば支正の圧痛を診る。肺経の治療は足三里、三焦経は太衝、小腸経は

 太谿、いずれも健側に刺鍼を行なう。五十肩を診る際は、どの経絡に痛みが出ているか

 を把握すること。

・寝違えの場合、子午治療では患側の養老にマグレインを貼る。取穴は手を伸ばしたまま

 茎状突起から一山越えたところに取穴する。

・対症療法とすれば、寝違えでも五十肩でも胸椎4~5あたりを治療すればよい。子午治

 療が効かない場合にするとよい。ただし深い鍼は駄目。切皮程度でよい。

・鍼を刺すとき、急激な刺鍼はいけない。気をやぶらずに少しずつ刺入する。捻鍼が良い

 というのはそういうこと。そうして鍼を刺すうちに気の至りが分かってくる。そこが鍼

 のコツ。

・虫垂点(右下腹部)に圧痛がある場合、同側の支正に刺鍼すると虫垂点が柔らかくなる。

 膵点(水分のやや外側)に圧痛がある場合は側臥位で圧痛を再確認する。左公孫

(子午治療ではない)に刺鍼すると膵点の圧痛が軽くなる。小腹は肝とみる。

・胃が痛いのは右の内関。内関に刺す場合は鍼管をしっかり押さえ、軽く刺す。鍼管より

 も深く刺さないこと。その際、押手をちょっとつまむと、うんと補法になる。お腹が温

 かくなる。

・右肘の痛み(曲池の外方)は三焦経の病。おそらく骨頭炎をおこしている。肘を曲げて

 お灸をするのが一番よい。左公孫の補法で肘の痛みが取れる。

・手首のガングリオンに子午治療は効かない。お灸を3壮ずつすると徐々に楽になる。

・弾発指で右魚際付近の痛み、これは肺経の病だから膀胱経で取る。左飛陽に補法。

・生きたツボを使う。迎随は関係ない。

・膝痛のモデル、曲泉は膝を曲げて横紋に仮点をつけ、膝を伸ばして、その5ミリほど上

 の圧痛点に取穴する。その2センチ上にも圧痛があり、これは脾経。つまり肝と脾が悪

 い。左支正に刺鍼。鍼柄を弾いて催気をする。

・腹部手術後の癒着痛で、左志室に圧痛のモデル。これは左へその横が悪い。右支正で痛

 みが消失。

 

・股関節痛のモデル(2名)は反対側の支正で痛みが消失。

・十四経発揮の然谷から一山越えたところが「時ちゃん然谷」。湧泉のほうにスッと響く。

・心臓に発作が出た場合は、右然谷と左内関を使う。巨闕を少し押さえて痛みが出るのは

 軽症。深く押さえて苦しいのは重症。

・脈を診たときに心経・脾経・腎経が弱くても、心包絡がしっかり打っていれば気にする

 ことはない。遠慮なしに治療すればよい。

・不整脈は「時ちゃん然谷」で治す。高血圧で下の数値が高い場合も然谷でよく治る。

・たとえば太谿などに置鍼する場合、左右の鍼柄が触れると、気が他所にながれてしまう

 ので鍼が効かない。鍼治療というのは気の問題、気の流れである。

・最近は手の冷たい鍼灸師が多い。掌が冷たいというのは、普段から下腹に力が入ってい

 ないから。丹田を鍛えること。そうすると掌が温かくなって患者さんが喜ぶ手になる。

・三里は腎経の合穴。腎経の治療をしながら、半表半裏ぐらいで抜刺寸前に寫すと脾経の

 治療ができる。つまり腎経と脾経をいっぺんに治療できる。

・腰が伸びない、伸ばすときに痛いのは膀胱経がつっぱっているから。もし両側が痛いと

 言うときは左右の太衝を圧して痛みの強いほうが患側である。健側の列缺に刺鍼する。

・刺鍼の際、心包経だけは先に鍼管をしっかりあてて、それから押手をそえる。心包経で

 も肺経でも深く刺す必要は無い。接触鍼だけで上等。押手をちょっとつまむと補が倍に

 も3倍にもなる。

・「うちでは肺経とか心包経とかは、ぜんぶ捻鍼です」。

・「解剖学に随った治療をしたら駄目ですよ。私らは経絡を相手にしているんだから」。

・「鍼はね、沢山したからよく治るんじゃないよ。鍼は少ないほどよく効くんだよ」。

・頚痛で、マグレインを貼る場合は同側の養老に。瞬時に楽になる。

・肩痛は健側の太衝か太谿、圧痛のあるほうに取ればよい。これが生きたツボの使い方で

 ある。必ずしも指定されたツボにする必要は無い。

・「現代医学的な訴えをそのまま聞いたのでは駄目なんです。それを経絡の変動として聞

 き込まんと」。

・耳鳴りは患側の照海と健側の偏歴。その場で取れなくても、あくる日にはずっと楽にな

 る。「経絡の運用はホンマに微妙なんですよ」。

・鍼は刺すのも大切だが、抜くときも大切。瀉はいいが、補は抜鍼時にしっかり閉じる。

 気をもらすと鍼は効かない。刺したときと同じ方向角度で抜くこと。

・足裏痛は支正と偏歴。支正の鍼がだるいと(術者が指で)感じるようになるまで稽古を

 しなければならない。

・足の先が痛いというのは、患側の支正で取れる。巻き爪も肝の病だから支正で取れる。

 足指の裏側の痛みも取れる。

・「痺れというのは難しいんだ、どんな病気だって」。

・「支正を使う患者さんは多いんです。痛みがあるのはね、多分に肝経が関係しているん

 ですよ」。

・「気を入れてやる。治るも治らないも、治しますゆうてやってみい」。

・「私は鼻茸があるが、マグレインを手三里に貼ると、スーッと引っ込んじゃう」。

 

時本先生の刺鍼
時本先生の刺鍼

編集後記

今回の動画は昨年の10月から編集し始めたのですが、映像・音声ともに修正箇所が多くて作業がなかなか進みませんでした。ようやく完成してホッとしています。そして、この動画が日本鍼灸を広めるために役立つことを願っています。

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コメント: 4
  • #1

    かまた まき (日曜日, 31 7月 2016 22:10)

    動画のアップ、ありがとうございます!
    学ばせていただきます。

  • #2

    高嶋 (木曜日, 04 8月 2016 18:01)

    私も、繰り返し見て勉強します。
    ぜひとも名人の技を身につけたいですね。
    お互い頑張りましょう!

  • #3

    鈴木(呉竹OB) (金曜日, 13 1月 2017 15:22)

    取穴論の動画の感想、こちらに書かせて頂きます。
    首藤先生曰く、『勉強は付け足し、勉強では(治療は)上手くならない。臨床あってこその学問。我々は学者ではない。臨床家なのだから。』
    これからも先生のお言葉を拠り所として、日々の臨床に携わりたいと思います。
    ありがとうございました。



  • #4

    高嶋 (金曜日, 13 1月 2017 21:12)

    我々臨床家は、目の前にいる患者さんを治さないとなりません。いくら学問(古典・現代医学)に秀でていても、患者を治すことが出来なければ食べていけないという現実があります。首藤先生の言葉は、臨床経験を積むほどに、その言葉の重みが増してくると思います。臨床家にとって究極の言葉ではないでしょうか。しかし、その一方で学問があるからこそ、今日まで鍼灸の技術が伝わることが出来たわけです。ある学問に秀でた先生からこう言われたことがあります。「古典を勉強したからといって、すぐに鍼が上手くなるわけじゃない。しかし、患者をどう治せばよいのかという方向性は見えてくるはずだ」と。どちらも同じくらい大切だと、私は思っています。

網上にある鍼灸院です
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