第58回鍼灸経絡治療夏期大学

8月19日~21日に東京・有明で開催された経絡治療学会の夏期大学に参加しました。3日間にわたり「学術」を学びましたが、今回は特に「術」から得るものが多かったです。最近、目の調子を悪くしたこともあり、積極的に実技モデルになりました。3日間で3人の先生から治療を受けたのですが、経絡治療といっても三者ともに全く違う治療スタイルであることや、それぞれの先生に持ち味があり、それがその先生の魅力となっていることがよくわかりました。これは実際に自分が鍼を受けてみて初めて感じ得ることで、側で見ているだけでは、なかなか気がつきません。誤魔化しや手抜きがあればバレてしまう、真剣勝負の世界です。そして首藤先生が言われる「鍼は人なり」という言葉が、とても重くて厳しいものだということを再認識しました。自分自身はどうなのか、患者に対して慢心はないか、自省して臨床に向かおうと思います。このことに気付けたことが一番の収穫でした。

 

私が治療を受けたのは、田畑幸子先生市川みつ代先生今野正弘先生です。現病歴は左目の痛み・充血で、眼科医から強膜炎の恐れがあると言われたことを伝えました。田畑先生と市川先生は肝虚証として、今野先生は肝虚証から脈の変化を診て脾虚証で本治法を行いました。ただし、田畑先生は肝脾腎の3経を使い、市川先生も色々な経や穴を使用したので、どこまでが本治法でどこからが標治法なのかはよく分かりませんでした。腹部の硬結や圧痛などの反応がどう処理されたかを確認しつつ治療を進めるのは実戦的で、ベテランの臨床家ならではの迫力がありました。また鍼数が多いことや、置鍼が中心であることも私にとっては新鮮な経験でした。3先生とも鍼は浅刺ですが、鍼を打たれた感覚は違います。

 

田畑先生の刺鍼は柔らかく無痛で、手技をかけたときにジワっと響きを感じました。一言でいえば優しさが伝わる鍼という感じです。最後まで残った腹部の硬結を雀啄して、ゆるまったのを確認し、「ああ、取れて良かった」と呟かれたときも、その人柄が伝わってきました。こういう先生から治療を受けていれば、たとえ難しい疾患であっても、自然と気のめぐりが良くなって治ってしまうのではないかと思います。また、頚まわりをよく触れてゆるめることや、心包経を触ってから脈診をしていたのが印象に残りました。それから、研修科には臨床歴何十年のベテラン鍼灸師も参加しています。モデルになると色々な人から体を触られたり、脈を診られたりするわけですが、周りの人と比べて明らかに「良い手」を持っている先生がいるのです。これも、実際にモデルになってみないと分からないことです。今回は観察力や触診力、手の温かさなどに長けた先生がいて、その方に指でツボを触れられただけで効いてしまうのです。これは驚きの経験でした。こんなすごい人が、なんで教える立場にいないのかと不思議でしたが、とにかくそういう人達に出会えるのも、夏期大の魅力だと思います。

 

市川先生は豪快で実直で愛情を感じる鍼でした。特に、尖端が鈍角になっている三稜鍼を使った手技はそれまで経験したことないほどの衝撃がありました。ドラマーでいえばボンゾのようなパワフルさでした。私の前のモデルだった青年が身をよじって痛がっているのを見て、少々引いたのも事実ですが、「怖くなった?どうする?」と市川先生からニコニコ顔で言われると、なぜか妙に安心しました。そして実際に刺鍼を受けてみると、かなり痛いけども不快ではなく、我慢の限界の一歩手前ぐらいの刺激量によって自律神経がリセットされるだろうという予感がありました。部位によって少し出血はありました。また、まぶたをひっくり返して鍼でコシコシする手技も初体験でした。そしてオリジナルの点眼水?をして目をパチパチしたあと、2分くらい涙が大量に出続けたのにも驚きました。足裏にもたっぷり灸をしていただきました。そして「上焦にある熱を下すためにも、足裏に毎日お灸をしなさい」と言われました。また、背部兪穴は胃兪のあたり?から腸骨稜まで4つの高さに分けて圧痛を調べ、上部(1番)なら食べ過ぎや飲み過ぎ、下部(4番)なら婦人科系の反応が出やすいとのことでした。実技の時間とはいえ、汗をかきながら全身全霊で治療をする市川先生の姿に感動しました。治療から4日経った今も、下肢には脾経や膀胱経上に三稜鍼の跡が残っていて、取穴の勉強になります。良い土産をもらいました。

 

今野先生の鍼はとても浅いですが、しっかり刺鍼されているという感覚がありました。そしてどんどん身体がゆるんでいくのがわかりました。全科共通実技だったので会場はにぎやかなのですが、とにかく眠くなって仕方がありません。鍼が全身に効いているという実感がありました。勉強なので頑張って起きていましたが、途中からどこに鍼を打たれたか全く覚えていません。目は開けていたものの、脳は眠っていたのかもしれないです。治療が終わる頃には背部の硬さも取れて、とてもスッキリしました。そして、日頃から左懸顱付近の硬結に点灸をすることや、脾をよく補うようにと指導していただきました。先生には伝えなかったのですが、夏期大の期間中、朝と昼はプロテインとサラダ程度しか摂取していなかったために脾虚になっていたことも考えられます。目だから肝虚ではなく、今野先生は脈や体表観察から脾虚証としたのでしょう。あくまでも「総合的に判断して証を決めることが大切」だと改めて思いました。

 

これまで経絡治療はひとつのジャンルだと考えていましたが、名称やスタイルにはさほど意味はなく、あくまでも先達の教えを吸収しつつ自分の技を構築するのが臨床家の共通した姿なのだと感じました。

その他、浦山久嗣先生の臨床講座「咳嗽・胸背部痛」、真鍋立夫先生の「鍼灸療法で治せる不安障害」、樋口秀吉先生の「疼痛の疾患」、黒岩弦矢先生の「経絡治療の運気」、角谷明彦先生の「天の医療 全の医療」などを受講し、休憩時間を利用して池田ゼミを少しだけ見に行くこともできました。以下に講義のメモから抜粋したものを記します。

 

浦山先生の講座より

・胸背部疾患は場合によって死亡に至る危険性があるため、鑑別が重要であり、

 そのためには西洋医学的な知識が不可欠である。

・感染はあるか? 上気道の炎症があるか?

・咳嗽は、空咳は「咳」、痰飲と一緒になったものが「嗽」。

・急性か慢性か? 急性は、ほぼ感染によるものである。急性で感染でない場合、

 アレルギー性が考えられる。

・逆流性食道炎、百日咳、うっ血性心不全、心因性の咳。

・空咳が慢性になると、慢性閉塞性肺疾患や間質性肺炎を起こしている場合がある。また

 肺癌や肺結核のこともある。

・腎虚タイプの人は誤嚥しやすい→老人 (咳反射がおこらずに誤嚥になっていることも)

・ラ音は、音の性質では聞き分けにくい。

・連続性ラ音で、ストライダーは吸気時のみ(ヒューヒュー)、スクウォークは気管支

 から一瞬だけ発生する(ピッ、キュッ)。

・急性の喉頭蓋は喉の奥にある腫れなので分かりにくく、窒息の危険性があるのですぐに

 救急車を呼ぶ。

・扁桃腺炎は2寸ぐらいの鍼で、患部をツンツンする。同時にオエッとなるので、シンク

 の前でつついて、うがいをさせる。発熱なども考慮して、治療すべきか病院に送るべき

 か判断すること。

・気管支喘息などの発作がおきても、鍼灸で対応できることもある。硬いものを柔らかく、

 本治法の精神は大切である。

・片方の足がむくんでいる→肺塞栓。両足がむくんでいる→心臓の問題。

・咳の場合、初期の段階は病理的には寒証で表実。裏に入っていく段階が陽明実熱証。

 ほぼ腎虚証だが、熱がメインなので肺虚陰虚熱証とする。さらに進むと肺虚寒証、陽虚

 なので自汗、寒気がある。

 

真鍋先生の講義より

・傷寒論には、表虚で風寒があたって病となり、陽明経病から陽明病となることが書いて

 ある。金匱要略には、腎虚や肝虚などから始まった病が書いてある。

・ノイローゼと精神病の中間にある状態の患者が増えている。薬が効かずに却ってやる気

 が出なくなってしまうこともある。薬の副作用で意欲障害がおきる。本格的な鬱病や

 統合失調に薬を使うのは仕方がないが、患者が気軽に病院を訪れ、安易にSSRIを使った

 ために不安障害が増えている。同様にパニック障害、広場恐怖、全般性不安障害、社会

 恐怖、強迫性障害、潔癖症、外傷性ストレス障害、身体表現性障害なども増加している。

・砂糖は悪いが、塩は悪くない。マスコミでは塩分を控えろというが、湿気の多い日本で

 は水を飲んでも汗がなかなか出ない。水を出すために塩は必要である。昔の日本人は

 塩気があるから元気があった。今の日本人に不安障害が増えた原因として塩気が足り

 ないことが考えられる。

・臍に動悸を打つ、舌に歯形がついている、目袋ができる、これらは腎が弱っているから

 おきる。下着や靴下の跡ができるのは、皮膚の下に水がいっぱい溜まっているから。水

 が溜まると気の巡りが悪くなる。

・倦怠感、虚脱感、疲れやすさが前面に出るのは、脾虚陽虚証、痰飲病のことが多い。

・身体化障害は、ヒステリーと心身症の中間型で、自分を守ってくれる人がいると大げさに

 なる。あくびをよくする人、字を書くときに小指を立てる人はヒステリータイプである。

・疼痛性障害では、線維筋痛症は多くなっている。どんな強い鎮痛剤でも効かない。心が

 癒されないと、その人の痛みは取れない。本治法をして、五臓六腑のバランスを整えて、

 体を温める。そして、人間はなぜ生きているのか、どう生きていくべきかという根源的

 な問題を考えさせ、自分で答えを見つけさせることで、不安感は消えていく。

・心気障害は、メンタルな部分で痛みを感じ、自分は病気かもしれないと心配になる。自

 分の症状に対して執拗に訴える。

・転換性障害(ヒステリー)は、精神的要因によるストレスや葛藤が、身体の症状として

 現れる。ドキドキ、梅核気(喉がつまる)、手のひらや全身に汗をかく、手足や体の

 震え、皮膚に虫が這っている感覚、現実感の消失、吐き気や眩暈、ふらつき、気が遠く

 なる等の症状が現れる。これらは病理的には水の停滞が考えられ、水気が上逆すると心悸

 などが現れる水気凌心の状態(疑似狭心症)になる。『金匱要略』に水気病篇がある。

・現代型鬱病といわれているものは、怠け病や逃避と思われがちである。このような人は

 胸鎖乳突筋や帯脈を触るとガチガチになっている。

・脾虚陽虚証や脾腎陽虚証レベルの高齢者は薬の服用により、意欲障害といわれるような

 薬害がおきやすい。

・ボーダーライン人格障害は若い人に多い。摂食障害、薬物やセックスや恋愛への依存、

 自傷行為、不適切で激しい怒りを制御できない、一過性の妄想観念などがある。

・2~3歳期に母親が適切な対応をしなかったのも要因で、かまわなかった、あるいは

 かまい過ぎでも発生する。

・肉体の問題だけでなく、拝金主義など、金があれば幸福だと勝手に思っている。そのく

 せ家族で朝の挨拶さえできない人が多い。東洋医学的な自然哲学によるアプローチは

 患者の心と親和性がある。蔵象に基づいた弁証による独自のカウンセリングを行い、

 相手の立場を尊重させるという態度を身につけさせることが必要である。

・肝陰虚は、イライラ、完璧主義、リーダー的で、他人の仕事が気に入らず自分でやり直し

 たりする。血中の水が足りなくなって虚熱が発生した状態。

・肝陽虚は、恐れやすい。レーダー人間で、人の目を気にする。体力のある人間が肝陰虚に

 なって頑張りすぎると、陽気がもれて陰陽両虚となる。肝の血虚。引きこもり。

・心陰虚は、よく喋り、笑う。誇大妄想的でオーバーな行動をする。

・心陽虚は、精神が無感動となり、ぼやっとしている。何も楽しまない。高齢者。

・脾陰虚は、唇が赤い。落ち着きがない。狂騒状態。無責任。計画性がない。

・脾陽虚は、意志薄弱。思慮過多。石橋を叩いても渡らない。不安障害はここから。

・肺陰虚は、肺に熱がこもった感じで、騒がしい。躁状態。色が白くて毛深い。

・肺陽虚は、憂鬱。消極的。もの悲しい。脾の陽虚と重なると悲しさの感情が増す。

・腎陰虚は、驚きやすい。これは虚熱が侵入するためで、心の虚熱状態とよく似た精神

 状態になる。不眠。よくいえば大人的。

・腎陽虚は、子供っぽい。すぐにばれる嘘をつく。自己中心的で辛抱ができない。怖がり。

・不眠の状態を病理的に鑑別すると、肝虚は頭が冴えて眠れない。腎虚は眠りが浅く、

 固摂ができないので汗もかく。脾陽虚は目に陽気が巡って来ないので、なかなか目が覚

 めず、体がだるい。

・脾腎の虚になると神気が少なく重症で、頭に汗をかく。陽気が少ないので風呂に入ると

 グターッと疲れてしまう→風呂に入らなくなり、臭い。陽気が抜けてしまうのでボソ

 ボソとものを言う。

・糖質の取り過ぎは脳をやられる。

・水分の過剰摂取は痰飲をつくり、脾の働きを弱める。

・欲張る現代人は気滞になりやすい。

 

樋口先生の実技より

・脈で寒熱が分からないときには舌を診る。舌苔が濃いか、薄いか。歯形がついていれば

 水滞がある。

・五十肩は、大腸経や三焦経上に痛みが出やすいが、患部はあまりいじらない。患部には

 知熱灸がよい。紫雲膏は使わず、水をつけてもぐさをのせる。

・頚部痛は、僧帽筋外縁でC5~C6の高さの部位や、風池に接触程度の鍼。皮膚をしめた

 ければ回旋をかける。

・膝痛は、膝の動きを観察し、大腿筋の張りを診る。大腿周径を測るとよい。膝を屈曲さ

 せて、内側の筋を指でしごいて圧痛を確認する。腫れや水が溜まっていても、大腿+関節

 の鍼と知熱灸で治る。膝間の部分は、皮膚をつまみながら関節面に刺鍼する。置鍼の際、

 鍼を打ち終えた後に足を少しゆすり、痛い鍼があれば打ちなおす。伏臥位では、委中と

 その内外、合陽、大腿のつっぱりを診る。治療後に、仰臥位で股関節の屈曲運動を20回

 行う。このとき反対の足は膝を曲げておくこと。また、座位で膝の屈曲を20回行う。力

 がついて来たら家でもやらせる。 膝はカバーする筋肉が少ないので治療に時間がかかる。

 屈曲運動をさせることは、治療の継続にもつながる。

 

樋口先生の実技では、弾入の際にツボの状況に応じて、微妙に打ち方の強弱や硬軟を変えているのが印象的でした。その手技は軽妙で美しく、見とれてしまいました。

 

会期中、東京は九州よりも湿度が低く、暑いながらも快適に過ごすことができました。いつもは会場から国際展示場のホテルまで歩くと汗が吹き出るほどですが、今回は違いました。ナイトセミナーの帰りなどは夜風が心地よかったです。

台風が接近中
台風が接近中

夏期大終了後、ホテルにもう一泊するつもりだったのですが、台風が関東に直撃しそうなので急遽予定を早めて長崎へ飛ぶことにしました。台風が原因とのことで、当日なのにホテルはキャンセル料がかからず、飛行機もフライト変更が無料でした。日本は本当に素晴らしい国だと思います。

余談ですが、ホテルの近くに区営のトレーニングジムがあり、講義が終わったあと、ここにも3日間通いました。勉強ばかりだと頭に気が上ってしまいますが、運動することで気の巡りも良くなり、夜もぐっすり眠ることができました。勉強の効率もアップしたようです。夜遅くまでやっているし料金も安いので、また夏期大に参加するときは利用しようと思います。

有明スポーツセンター
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網上にある鍼灸院です
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