温かい心

一昨日、往診をしていたMさんが亡くなった。86歳の気丈な女性で、島の北にあるカトリック集落に一人暮らしをしていた。近所の人にも声をかけ、鍼灸治療のために家を提供してくれたので、いつも5~10人の患者さんが集まった。Mさんの家までは車で40~50分かかる。午前中の仕事を終え、昼過ぎに治療院を出発し、13:00から治療を始めることにしているが、私が到着すると、「先生、お茶でも飲まんね」と勧めてなかなか治療をさせてくれない。治療中も「こんな遠か所まで来てくれてありがとう」と感謝の言葉を忘れない人だった。

 

Mさんの家は崖の上にあり、窓からは青く輝く五島灘が見渡せる。こんなに素敵な所で暮らせて羨ましいですと言うと、「どこが羨ましかばいね。毎日同じ者の顔ばかり見て、気がおかしくなるとよ」と患者さんたちに返された。五島の中でも著しく過疎が進み、地域には高齢者しか残っていない。唯一の楽しみである畑もイノシシにやられてしまい、畑をやめてしまう人も増えた。家にこもりがちになれば足腰も萎えてしまうし、気弱にもなる。そんな中でMさんは高齢者の精神的支えとなるような存在だった。治療の合間にも「ちょっと休憩せんね」、「水でも飲まんね」と声をかけてくれた。全員の治療が終わると、うどんやオニギリを出してくれ、おみやげにとジュースやお菓子、芋やたまねぎ等を持たせてくれた。月に2回ほど通っていたが、治療院が忙しくなってきたので最近は月に一度の往診になっていた。初めの頃は会計や問診、健康相談などで妻も同行していたが、狭いカーブが連続する山道で車酔いを起こすため、行かなくなった。Mさんから毎回のように「奥さんは来れんの?会いたかよ」と言われていたので、たまには話をするために連れて行けばよかったと思う。

 

Mさんの家に伺ったとき、こたつに入った患者さん達から一斉に歓迎される瞬間が嬉しかった。笑顔は歳をとらない。パーッと明るい雰囲気の中に入っていくとき、鍼灸師をやっていて良かったと感じたものだ。2週前に往診した帰り際、Mさんが杖をつきながら手を振っていた姿が目に焼きついている。合掌。

 

Mさんの往診から帰る途中に見た夕暮れ
Mさんの往診から帰る途中に見た夕暮れ

コメントをお書きください

コメント: 2
  • #1

    BOND (月曜日, 14 10月 2013 11:15)

    読んでいるこちらまでジ~ンとしてしまいました(当方も似たような
    経験があるだけに余計です)。

    訪問治療(往診)をしていると、患者さんによって様々な見送り方があ
    ることに気付かされます。
    雨や雪が降っていても表に出て、立ち去る車が見えなくなるまで手を
    振る&深々とお辞儀をして見送られる。有難い反面、大したこともし
    ていないのに…と、恐縮するやら申し訳ない気持ちになるやら。
    人を見送る際の礼儀だと教わった世代だったのか…一期一会の精神な
    のか…いずれにしても、ワザとらしさがなく自然に出来る姿勢に感激
    したものです。

    「笑顔は歳をとらない」とは、ホントその通り…良い文章ですね。
    Mさんのご冥福をお祈りいたします。

  • #2

    meirindo (水曜日, 16 10月 2013 06:03)

    BONDさん

    コメントありがとうございます。
    Mさんは、7月のリレー講義のときに流した「往診ビデオ」の中に出てきた人です。私がこたつでうどんを頂いているとき、横にどさっと土産を置く様子が映っていて・・・大切な思い出となりました。

網上にある鍼灸院です
網上にある鍼灸院です