第42回 日本伝統鍼灸学会 香川大会3

シンポジウム「灸療法における診察診断と治療」では、鍼と灸の使い分けや、透熱灸と温灸の使い分けについて、大上勝行・中村辰三・戸ヶ崎正男の三先生による発表があり、その後で討論が行なわれた。

 

大上先生は「すべての疾病を経絡の虚実状態として把握し、(治療は)鍼灸を用いて補寫をする。鍼の補寫に大小・迎随・深浅・呼吸・出内・開闔などがあるように、灸の場合も患者の病態に合わせて選択、補寫を行う」と述べた。透熱灸は虚実に関わらず、硬結のあるところに用いる。まれなケースだが、陽虚の際には陥凹部にすることもある。温灸は表面的な熱の停滞に用いる。1センチ大の三角錐にもみ固めた粗艾に火をつけ、九分ほどで取る。ほんのりと発赤させるが、発汗させれば寫法、させなければ補法とする。表に近い浅い部位の陽気や、水の停滞、硬結に有効である。緩やかな熱で軽い寫法となるため失敗が少ない。灸頭鍼は深い部位の硬結に刺し、上から熱を加えることで陽気の発散を抑える作用があるため、深部にある陰実に対して使用する。鍼が立つぐらいまで刺し、2センチほどの大きさに丸めた粗艾に火をつける。鍼の長さは1寸~2寸で、太さは3番~5番を使う。表面が発赤する程度に行う。灸は手技的に鍼よりも簡単であり、硬結、血の停滞、陰実、久病、元気の不足、陽虚、家庭でのセルフケア等に対応する。施灸場所は望診によって察知し、陽先陰後・上先下後に行う。刺激の強弱は年齢・性別・体質によって変えるが、術後・虚弱体質・過敏体質には小さく少なく(弱刺激)を心がける。透熱灸による虚実に対する補寫の手技としては、補は柔らかくひねる・軽くつける・灰に重ねる・熱の穏やかなもの(良質の艾)・小さくすえる等で、寫では反対のことを行う。硬結や圧痛が強い部位は熱さが消えるまですえる(多壮灸)。温灸では虚実よりも硬結の硬軟によって選択をする。たとえば膝の治療の場合、変形や熱感、腫脹、疼痛の場所を確かめて、走行する経絡の目安をつけ、陽輔・三陰交・丘墟などにも圧痛がないか確かめる。炎症性には遠隔治療が有効であり、局所には灸をしない。温灸なら熱感のある所にすえられるが、熱が発散できないと悪化する。患部との境界部分に汗が出るまですえることである。腰部の志室・次膠・環跳などの圧痛も確かめて治療を加える。灸が著効するものは、ものもらい、咽喉痛、膀胱炎、婦人科疾患、逆子などで、禁忌は糖尿病、化膿性疾患、月経中、出血中、患者の不同意等である。上半身の多壮灸では頭痛や眩暈を起こすことがあるため、心臓に近い部分は避けるべきであると語られた。

 

中村先生は、灸の適応には上気道・呼吸器・口腔・胃腸・神経・骨・筋肉疾患などがあり、不適応には寄生虫病・感染症・変成・肥大・腫瘍など皮膚疾患(化膿性疾患と冷え性には効く)があると言われた。灸を行うと白血球が増えた状態になり、好中球が4~5日間持続する。そのため3日に1回ほどすえると病気の予防になる。白血球の遊走速度や貪食機能の亢進、若返り現象がみられる。ある癌の症例では、腹膜が原発で卵巣や肝臓に播種性転移し、開腹手術とシスプラチンを投与したが、2年後に腹水がたまって歩行困難になった。ランダを投与してマーカーが下がり、同時に灸を開始した。3年後に再発したが、灸治療を続けた結果、化学療法による白血球減少が抑えられ、G-CSFの投与が不必要だった。CRPが癌再発時には上昇したが、それ以外は正常値だったことや、吐き気・倦怠・痺れが抑えられたことも灸の効果によるものであると中村先生は述べた。リンパ球が顕著に増加し、寿命1年と言われたが、3年半に延命できた。入院する直前までは灸治療によってダンスも続けられたという。

 

 戸ヶ崎先生灸の適否について、病の軽重によって考えると話された。同じ症状であっても、体力や病態によって灸の使い分けをする。体力があれば透熱灸、なければ温灸を使う。産後の肥立ちが不良で体重が40キロから35キロに減少し、胃もたれと右肩甲間部の痛みを訴えた症例では、下腹部表面が膨隆して内部は空洞化、脾兪周囲が陥凹しており、脾腎両虚として巨闕・脾兪に温灸を30分行った。だんだんと体重が増え、4回目の治療では透熱灸ができるようになった。また右膝関節痛の症例は、69歳女性・肥満・よく喋る・脈はやや数で右寸関が小・臍周囲が弛緩・腎経の復溜と太谿が虚の患者に対し、T3~4に棒灸を10分、L4~5に25分。右陰谷に段階的に1.5センチ刺入して10分置鍼、また左右の環跳にも10分置鍼をした。『霊枢・官能』に「鍼ができなければ灸をする」とあるように、戸ヶ崎先生は患部の状態を4つに区分けしており、灸の刺激量について以下のように解説された。

1.鍼が多い 2.鍼が少し多い 3.鍼か灸頭鍼 4.灸が多い。


1は打撲などの熱実の場合で、糸状灸を1壮すえる。

2は少寒実で、緊張部位のすぐ下の硬結や、陥下部位のすぐ下の硬結。

3は寒実で、表層は陥下し、中層は硬結。

4は虚~虚寒で、陥凹部の下から弛緩。半米粒の透熱灸か小さい知熱灸を多壮。棒灸など。

シンポジウムでは司会の篠原昭二先生も交えて、灸の刺激量や補寫について話し合われた。大上先生は「熱いから寫法ではなくて、熱の量が多くなれば発散が大きくなるということであり、発散が充分でなければ寫法は失敗する。温灸の数や熱量の調整、そのへんの匙加減が重要であり、一定の燃焼温度で灸をすえる技術が非常に大切である」と述べた。

 

戸ヶ崎先生は、「(灸には)熱が通る、熱く感じないという表現がある。インフルエンザで右の肺兪は熱く感じるが、左は感じない。30壮ほどすえると、翌朝は咳が激減した。灸が効いたか効かないかは陰陽のバランスが崩れたことによって熱さが感じなかったり硬結ができるわけだから、気を動かすツボと血を動かすツボがあり、あるいは硬結の強さで判断する」、「軽くなでて、正常な場所と異常な場所の境を見つける。それができなければ産毛があるとか、色が悪いとか、ある程度の予想ができる。だんだんと目から手で判断できるようになる」、「熱実のツボと寒実のツボがある。寒実になると硬結ができる。表面がやわらかい硬結は熱く、それは鍼が効く。表面から硬結で硬くなっている場合は灸で熱くすえる。表が緊張して内部が弛緩しているような場合、緊張が取れるまでは熱いが、それから先は熱くなくなる」と述べた。

 

中村先生は、「熱を通すには透熱灸しかなく、皮膚を焦がさないと効果がない。胸椎の7番が痛くなったが(調べても)異常がなかった。督脈上に灸をすえると(患部の)上や下は3壮で赤くなるのに、患部は赤くならない。そこで赤くなるまで何十壮もすえた。それが、熱が通るということ。おそらく患部が冷えていたためでしょう」、「肝硬変で死にかけた人は8年間、失眠に熱くなくなるまですえた。よく効く。ただし、震えるほど熱い」、「(炎症がある部位に灸をすることについて)よけいに炎症が強くなるといわれているが、オデキの周囲に2~4ヶ所すえることがある。炎症部位にすえたあとで炎症が強くなるということはない。体力が弱く、すぐにオデキができる人に家で灸をしてもらった」と述べた。


篠原先生も、「右肩こりで右の肩外兪に灸をしても熱くなく、左は熱がった。原則に基づいて、熱がる部位に熱くなくなるまですえたら、めまいを起こした」と、灸のオーバードーゼによる失敗例を話された。

今回のシンポジウムを聴講し、体質や症状を見極めて、適切な灸法を施すことの大切さを学びました。臨床では様々なケースに出会います。熱が充分に通って皮膚が発赤しているのに、熱さを感じない場合もありますし、まだそれほど熱くないと思われる時点なのに熱さを訴える場合もあります。術者へ対する信頼度によっても熱さの感覚は変わるでしょうし、治療を続けるうちに灸の熱さに慣れていくということもあります。確かな手技が要求されるのはもちろんのことですが、その患者に対する最適な刺激量を考える際に、各先生の意見がとても参考になりました。

本場のさぬきうどん
本場のさぬきうどん

学会会場から少し歩いた場所に「おか泉」という讃岐うどんの有名店があったので、滞在中に2回食べに行きました。モチモチして美味しかったです。

次回も香川学会のレポートを続けます。

網上にある鍼灸院です
網上にある鍼灸院です