第30回弦躋塾セミナー(163回例会)その1

最後の弦躋塾
最後の弦躋塾

 

2015年9月20~21日の2日間、別府市の亀の井ホテルにて「第30回弦躋塾セミナー」が開催され、全国から160名を超える参加者がありました。今回が最後の弦躋塾ということで、皆さんそれぞれの思いで会場に足を運ばれたことと思います。私も、「ついにこの日が来た」という気持ちで参加しました。前の晩は頭が冴えてしまい、眠ることができなかったです。

 

首藤傳明先生
首藤傳明先生
水谷潤治先生
水谷潤治先生

 

今回の特別講師は『北米東洋医学誌』主幹で、カナダ・バンクーバー在住の水谷潤治先生です。世界中で日本式灸療法の講演をされており、日本よりも海外で有名な鍼灸師かもしれません。Junji Mizutaniと検索すると、各国でのモクサ・ワークショップの記事を見ることができます。深谷灸や澤田流をベースに独自のスタイルを確立されており、クールな外見の内側に情熱を秘めている先生です。今回は弟子の大西真由先生と二人で、竹筒を使った灸療法の実際を講演していただきました。

 

塾長の首藤傳明先生は「腹診」と「鍉鍼」についての講義と、10人に及ぶ実技を行ないました。無駄をそぎ落とした配穴、素早く正確な取穴と刺鍼、治療全体の流れにおけるリズムやアクセントといったことが存分に学べたと思います。私もビデオ撮影をしていて、とても83歳とは思えぬ気迫と、海外セミナーのときのような緊張感が先生から伝わってきました。首藤先生、水谷先生ともに内容のぎっしり詰まった講演で、弦躋塾31年間のフィナーレを飾る素晴らしいセミナーでした。

水谷潤治先生 竹筒灸ワークショップ

直接灸といえば、熱い、灸痕が残る、という印象がありますが、水谷先生の治療原則は患者の症状を楽にさせることであり、「熱くない、痛くない、気持ちのいいお灸」を実践されています。そのための道具として、竹筒・紫雲膏・(モグサをひねる)板などが使われます。

今回、水谷先生からセミナー参加者に竹筒と板と紫雲膏がプレゼントされました。写真の右から2番目が水谷先生の竹筒です。右端は深谷灸の竹筒ですが、それより短く、節によって浅い側と深い側に分かれています。浅い側は火が早く消えやすいため補法・虚証に、深い側は寫法・実証に用いるほか、皮切り(1壮目)には浅い側を使い、2壮目から深い側にするなど、熱さの調整がしやすいです。その隣がモグサをひねる板です。モグサをのせて2枚の板を軽くすり合わせると、簡単にひも状の灸が作れます。これが思った以上に便利で、一定した品質のものが米粒大から糸状灸まで自由自在に作り出せます。もちろん鍼灸師ならば指で捻れなくてはならないわけですが、竹筒を使う場合は、ひも状の灸のほうが長くすえ続けることができるのと、竹筒を持ち替えずに済むので好都合です。また、このやり方なら外国人でも簡単に灸をすえることができるので、日本式の灸を世界に普及させるためにも有利だと思いました。このへんは型にとらわれない水谷先生ならではの発想ではないでしょうか。左端は水谷先生の自作した紫雲膏です。ごま油のかわりにオリーブ油を使っているのでベトベトせず、臭みもありません。市販品よりも使いやすいです。この他、ガムテープの筒と炭化モグサを使った遠赤効果の灸(温暖ヒーター)や、塩灸の紹介もありました。

 

板を軽くすり合わせる
板を軽くすり合わせる
ひも状の灸
ひも状の灸
竹筒の持ち方
竹筒の持ち方


竹筒は基本的に左手の3~5指で持ち、母指と2指で(ひも状にした)モグサを送り出します。右手は線香を持ちます。竹筒の持ち方にはバリエーションとして、5指を竹筒の裏側にずらして4指と挟む持ち方もあります。この持ち方だと(たとえば座位などで)横向きや斜め上の部位でも押さえやすいです。同様に線香の持ち方についても解説がありました。右手の2指と3指に線香を挟む持ち方よりも、母指と他の指全体で持つほうが色々な角度に対応できるとのことです。


竹筒の持ち方のバリエーション
竹筒の持ち方のバリエーション
一般的な線香の持ち方
一般的な線香の持ち方
全角度に対応できる線香の持ち方
全角度に対応できる線香の持ち方

身体をコントロールする3要素

灸熱刺激によって自律神経・ホルモン・免疫系を賦活させることができます。この3つが「気の本体」であると水谷先生は言います。構造的なゆがみを整えるには指圧や操体法が向いており、冷えや熱、虚実など陰陽のバランスをとるには経絡治療が適しているそうです。そうやって熱や冷え、湿、痛み、凝りをとります。凝りがとれれば病気は治るとのことです。患者で来る人は、もともと交感神経が高ぶっていることが多いため、基本的に交感神経を刺激する治療はしません。もちろん副交感神経が高くなって病気になっている人もいますが、

それは陰陽(補寫)を考えて治療すればよいとのことです。

 

鍼は気を流しますが、灸は熱とやけどなので、血液と津液が直接変わります。お灸は確かに焼くと効きますが、患者には日焼け程度にします。そのくらいでも皮膚下では異種蛋白ができるそうです。竹筒を使うと、透熱灸と8分灸の中間ぐらいの刺激量になります。皮膚を圧迫して沈めたところで燃焼するため、熱感は深く入ります。その際、圧迫した竹筒を少し捻ると、より熱さが緩和されます。竹筒を柔らかく押すこと、そして押しているリズムによって副交感神経を引きだします。人間の温度に対するレセプターには幅があり、低温でも、あるいは脳が痛いと感じなくても皮膚はちゃんと区別ができているそうです。超旋刺や接触鍼なども皮膚のレセプターを刺激していて、すぐに免疫細胞(Th1・Th2・インターフェロン・インターロイキンなど)が活性化するのだと水谷先生は述べました。


腹部の灸
腹部の灸
タイミングよく竹筒を押していく
タイミングよく竹筒を押していく
すじかえの灸(胃の六つ灸)
すじかえの灸(胃の六つ灸)

急性症と慢性症

実際の灸治療では急性症と慢性症に分けて考えます。急性症は対症療法で瀉法、慢性症は補法で全身治療を行います。急性の場合は痛みや熱を頓挫させるため、虚証の人でも瀉法をします。お灸には特効穴・名灸穴といった「必ず効くツボ」が存在し、深谷灸が優れています。しかし、深谷伊三郎先生が言うように「経穴は効くものではなく効かすもの」であり、よく触診する必要があります。また経穴は移動するので、地ならしをして2段階で効かすようにします。少穴でやる場合は、局所ではなくエリアとして考え、指先のレーダーでツボを探します。これが上手いのは首藤先生で、撫でているだけで気が動いてしまうとのこと。しかし、ただ撫でているだけでなく、魚群探知機で魚がいるところを追いかけて撫でているのだと水谷先生は解説しました。


慢性症は虚証になっているので、全身治療が基本となります。消化機能、排泄機能を良くして全身の力をつけることが大切で、これには澤田流(太極療法)がベストだそうです。また、体力がある患者には鍼治療+太極療法+対症療法(置鍼や多壮灸)などを組み合わせますが、がんの末期など虚証の患者には灸のみにします。慢性の場合は少なくても6週間は治療をして再検討を行います。長期にわたって薬(ホルモン剤や鎮痛剤)を飲んでいる患者は、鍼灸治療による反応が出にくいそうです。


二人で同時に施灸
二人で同時に施灸
手早く灸をすえていく
手早く灸をすえていく

実技では腹部の灸、背部の灸、座位での灸などをデモンストレーションしていただきました。左右から二人がかりで灸をすえるのは初めて見ましたが、連続で素早くすえていく技術は圧巻でした。私も早速自分で試してみたのですが、ふだん8分灸などを右手で消すくせがついているので、連続してすえていると、つい竹筒を右手に持ち替えたくなってしまいます。また連続して2~3ヶ所に火をつけながらタイミングよく竹筒で押していくという動作は、見るのは簡単ですが、実際にやると難しいです。特に左手は竹筒を保持しつつモグサを送り出すという二つの動作を一緒にしないとならないので、急ぐと竹筒を持つ手に力が入って重心がずれたり、タイミングが間に合わず右手の指で火を消したりしてしまいました。初めは艾炷を長めにして、リズムよくすえられるように練習あるのみです。


肩痛が発生してピンチ
肩痛が発生してピンチ
大西先生の施灸
大西先生の施灸
リズム感と一定した熱量
リズム感と一定した熱量
無事に復活できました
無事に復活できました

今回、ビデオを撮っていたら肩が痛くなってしまい、2日目の昼休みに大西先生から治療していただきました。竹筒灸は自分が思っていたよりも熱くなく、ジーンとした刺激で心地良いものでした。竹筒の押し方もグイグイ押すのではなく、軽く指圧されている程度の感覚です。施術後、少ししてからヒリヒリ感が現れましたが、程なくして消えました。おかげで痛みも楽になり、無事にビデオを撮り続けることができました。

感想

水谷先生の灸法は、日本式お灸の良い部分と現代人のニーズに合った理論・柔軟性を兼ね備えていると感じました。だからこそ、灸をすえる習慣のない外国の人々からも受け入れられているのでしょう。その一方で、日本では時代とともに灸が嫌厭されつつあるのが現状であり、点灸をしない鍼灸師も増えています。このままでは貴重な日本の伝統医療技術が廃れてしまう恐れすらあります。熱いから、火傷になるから、痕が残るから嫌われるのであれば、そうならないように工夫しつつ、本来の効能をできるだけ出せるようにするしかありません。水谷先生の竹筒灸はそれに対する有力な回答であり、日本の鍼灸界にとって福音になると思います。

 

私は水谷先生を人間として、鍼灸師として尊敬しています。日本人にありがちな、枠にはまって、その中で大きい顔をするような人物とは違い、独自に己の道を追求している人だからです。世界中で活躍している先生なのに、先輩面をせず、威張った態度も見たことがありません。(日本ではそういう小物の鍼灸師が多いです)また竹筒や板、紫雲膏だってオリジナル品であり、儲け主義のガメツイ鍼灸師ならば高い値段をつけて会場で売っているところです。しかし、水谷先生はセミナー参加者全員のために、カナダから別府まで持参して、皆に無料で配ってくれたのです。一体、全て作成するのにどれくらいの時間が費やされたことでしょう? そしてそのコストは? そういう見えない部分の苦労や配慮は、他人からわかりにくいものです。私は水谷先生のそういうところに憧れ、見習わなくてはと思っています。

 

水谷先生に初めてお会いしたのは2004年のシアトルセミナーの時でした。塾長から海外セミナーの撮影を命じられて同行したのですが、現地で色々あってそれが叶いませんでした。自分にとっては情けないやら屈辱やらで散々な思いをしたのですが、そのとき水谷先生が励ましてくれたのです。そして、2009年のサンフランシスコセミナーの際には、「高嶋さんがビデオ撮影してくれないか」と声をかけて頂きました。そしてサンフランシスコセミナー最終日のこと、深夜2時過ぎにビデオテープのダビング作業を終えて、ホテルの水谷先生の部屋までマスターテープを返しにいきました。時間が遅いので、ドアの取っ手に吊るしておくという約束だったのですが、窓から部屋の明かりがもれており、『鍼灸真髄』を真剣に読む水谷先生の姿が見えたのです。とっくに寝ているはずと思っていたのですが、「飛行機が朝早いからさ、寝ないで勉強することにしたよ」という先生。以来、私は水谷先生の心配りと、治療家としての探究心に敬意を抱いています。


モクサアフリカの紹介をする水谷先生
モクサアフリカの紹介をする水谷先生

 

最後になりましたが、水谷先生から北米東洋医学誌(NAJOM)とMoxafrica(モクサアフリカ)についての紹介がありました。どちらもボランティアによる運営です。皆さん、ぜひ参加してください。

 

北米東洋医学誌

http://www.najom.org/


モクサアフリカ

http://www.moxafrica.org/

 


※次回は首藤先生の講演について書きます。

 

コメントをお書きください

コメント: 4
  • #1

    北海道なごみ (金曜日, 09 10月 2015 15:23)

    更新ありがとうございます。とても参考になります。
    灸は、施灸するごとに効果を実感します。でも、灸のできないきゅう師が多いのも事実です。全国でこのような勉強会が開かれることを願っています。
    それにしても高嶋先生・・・
    いつも、所々に爆弾落としますね(笑)

    次も楽しみにしています。

  • #2

    高嶋 (金曜日, 09 10月 2015 18:54)

    北海道なごみさん

    この度は独立開業おめでとうございます。
    灸のできないきゅう師では、東洋医学の知識のある一般人と同じですね。専門家が灸をしないなら、このままでは日本の灸文化は廃れてしまうかもしれません。そんな恥ずかしいことにならぬよう、まずは我々臨床家が地道に灸で患者を治すことが重要だと思います。

    お互い、頑張りましょう。

  • #3

    山本卓 (土曜日, 10 10月 2015 14:42)

    高嶋先生

    ブログのアップを楽しみにしておりました。
    何時もながらの、とても臨場感に溢れた文面にあの日の感覚がよみがえり、とても勉強になります。

    水谷先生がプレゼントして下さって灸道具、当日も感謝を致しておりましたが、高嶋先生の文を読み、更に感謝をする気持ちが大きくなりました。
    確かにあれだけの量のをご用意するのもカナダから持ってこられるのも、とても大変な事ですね。
    お恥ずかしながら、練習してみたら思ったよりも難しく、最近は練習をさぼっておりましが、また練習します。

    パート2も楽しみに致しております。
    ありがとう御座います。
    (くれぐれもご無理をなさらないで下さい)

  • #4

    高嶋 (土曜日, 10 10月 2015 23:53)

    山本先生

    私も練習中です。熱の微妙な加減が難しいですね。紫雲膏の量、艾炷の太さ・硬さ、竹筒を押すタイミングや圧力など、いろいろ試してやっています。今のところ指ですえたほうが早いし、やりやすいのですが、竹筒灸のジーンとした独特な熱の入り方が気に入ってます。
    せっかくの機会ですので、お互い頑張ってぜひマスターしましょう。

網上にある鍼灸院です
網上にある鍼灸院です