第30回弦躋塾セミナー(163回例会)その2

実技中の首藤傳明先生
実技中の首藤傳明先生

 

第30回弦躋塾セミナーの続きです。今回は首藤先生の講義についてレポートをします。


講義「私の腹診  五蔵の診断治療点」

腹部における五蔵の診断・治療点はどこかというと、場所は必ずしも一定していません。そこで、古典の記載から現代の先生方までの腹診を比較対照し、あわせて首藤先生が長年の臨床から暫定したポイントを紹介しました。

 

募穴:もっとも標準的で、あばらに沿って

   五蔵の診断点があるのが特徴。


   肝募 期門

   心募 巨闕

   脾募 章門

   肺募 中府

   腎募 京門

募穴
募穴

難経:臍を中心として囲む配置。

   図式的な感じがしないでもない。

 

  肝脉 其内證.齊左有

  心脉 其内證.齊上有動氣.

  脾脉 其内證.當齊有動氣.

  肺脉 其内證.齊右有動氣.

  腎脉 其内證.齊下有動氣.

難経十六難
難経十六難

脉経:募穴と比べると、腎が下腹部の

   両側に位置している。

 

  肝部 太倉の左右3寸

  心部 鳩尾の下5分

  脾部 季肋の下前1寸半

  肺部 雲門  

  腎部 関元の右に在り。左は腎に属し、

     右は子戸に属す。

脉経 巻一 両手六脉所主五蔵六府陰陽逆順第七
脉経 巻一 両手六脉所主五蔵六府陰陽逆順第七

夢分流:肺があばらに配置されている。

 

 肝蔵 両章門ならびに章門の上下 肝相火

 心蔵 鳩尾俗に水落という

 脾蔵 鳩尾の両傍を脾募と号す

 肺蔵 肺先は脾募の両傍なり

 腎蔵 左腎水 右腎相火

夢分流『鍼道秘訣集』
夢分流『鍼道秘訣集』

本間祥白:経絡治療家としては、はじめて

     明確なポイントを示す。

             

 肝は両脇下(期門)

 心は心下部(巨闕)

 脾胃は臍の上上中下三脘及び水分(中脘)

 肺は左右肋骨の上(中府)

 腎は臍下(石門) 

※()は首藤先生による。

本間祥白『経絡治療講話』
本間祥白『経絡治療講話』


歴代の腹診における五蔵の配当をみると、心蔵だけがほぼ同じで、他の四蔵は確定されていません。また柳谷素霊・岡部素道先生は夢分流に、小野文恵・西澤道允先生は難経に準じた腹診をされていたようです。次に首藤先生の臨床から導かれた診断点を記します。


肝蔵 右季肋部に反応が多く現れる。

   右不容が最たるもの。8肋軟骨付着

   部、乳中の下2肋間も反応部位。

心蔵 巨闕。膻中は心臓の反映よりも胃や

   食道の症状が、また心臓関係では

   心臓実質よりも自律神経の症状が

         現れる。心包の応点とみると納得。

脾蔵 中脘から左にかけての部分。

   左梁門、膵臓の反応点である。

肺蔵 前胸部の陥凹または硬結圧痛の

   ある部位。範囲を外・下に広げて

   みる。中府がよい。

腎蔵 下腹部任脈、関元・石門・気海付近

   に顕著に現れる。『明堂経』では

   関元の主治が18項目、石門が27

   項目、気海が4項目と、石門を最

   重要視していたことを伺わせる。

首藤先生の「五蔵の診断治療点」
首藤先生の「五蔵の診断治療点」

 ※首藤先生は肝蔵の反応を詳しく診るときに、患者の右側から触診します。

肝蔵の触診
肝蔵の触診

講義「鍉鍼の使い方」

首藤先生によると、最近の患者さんは刺激に対して敏感な人が多いそうです。刺入鍼では効かない時に超旋刺を用いて上手くいくことがあるように、超旋刺で上手くいかないときに大型鍉鍼に替えてみると上手くいく。そして大型鍉鍼で上手くないときは小型の鍉鍼で軽くおさえるようにすると良くなるそうです。今回は霊枢の記載を参考にしながら、鍉鍼についての解釈と、首藤先生の臨床での応用について解説がありました。以下に要約します。

 

鍉鍼の歴史は古く、中国古代では早くに使われていたそうです。『霊枢・九鍼十二原第一』に、鍉鍼は九鍼のうちの3つめで、長さは3寸半(漢代の1寸は2.3cmなので8cm)、「鋒如黍粟之鋭.主按脉.勿陷以致其氣」とあります。丸山昌朗先生の訳(『小林健二古典資料庫』)では、「先端が黍や粟粒の先のように小さく、やや丸くとがった感じで、血脈を圧迫するのが目的であるが、その場合に脈や其の他の組織を傷めるほど強く圧迫しないように気をつけなければならない。鍉鍼で動脈を圧迫してから離すと、それまで滞っていた気血の流れがよくなり、正気を充実させることができる」と解説されています。また家本誠一先生の『霊枢訳注』では、「鍉鍼は鍼先が黍や粟の実の尖の様に鋭利である。経脈にそって按摩し(減弱していた)精気を招き寄せ、気血の流通を良くするのに使う。その際、脈に刺入してはいけない」と訳されており、鍉鍼とは尖っているけど刺入はせず、皮膚を圧して気血の流れを改善させるための鍼ということがわかります。

 

『霊枢・九鍼論第七十八』では、天地自然の数理に基づく法則から、三は人であり、人を育成し全身に気血を供給するために必要なのは血脈であり、その血脈が病になったときに用いるのが鍉鍼であることや、血脈を按摩して血気の流通をよくするために鍼尖を員(まるい・円形)にし、鍼が脈に落ち込んで傷つけることなく、邪気だけ排除されるようにすることが記されています。

鍼先が丸いのかと思ったら、すぐ後ろの鍼の長さについての記述のところでは「法を黍粟の鋭に取る」とあります。いったい丸いのか鋭いのかはっきりしませんが、人民衛生出版社の『霊枢経 講釈』には「員而微尖」と、丸山先生と同じような解釈がされています。黍や粟の実か籾かによっても鋭さは違ってくるでしょう。黍の籾などはけっこう尖っているので、鍉鍼が「気をつけないと脈まで陥る」ほど鋭いというのも納得できます。あるいは、それぐらい神経を集中して血脈を圧しなければ、気血の流れを良くすることはできないのだという教えなのかもしれません。「手に虎を握るが如し」ではないですが、読んでてそんな気になってくるのです。今回、鍉鍼に関連して『素問』の寶命全形論篇や八正神明論篇などを読み、宇宙と人の生命との間に流れている深遠な哲理と、気至る鍼を打つためにはどのような気構えであるべきかを思い知らされました。新卒のころ、ただ読んで勉強したときは何も気がつかなかったのですが、臨床を重ねてから読むと古典の凄みに圧倒されてしまいます。それにしても、遥か古代に「世も末となった今の治療ときたら、理論も考えずに虚を補し、実を瀉してるだけだ」と著者が嘆いているのに、数千年後の自分も似たような治療をしていて反省しました。

『霊枢・官鍼第七』では、「病在脉氣少.當補之者.取之鍉鍼于井分輸」と、病変が脈にあって気が少なく、補法を行なうべき場合は、鍉鍼で井穴や滎穴、その他の兪穴に治療すること書かれています。また『霊枢・熱病第二十三』では、「熱病頭痛.顳目(疒挈)脉痛善衄.厥熱病也.取之以第三鍼.視有餘不足.寒熱痔」と、熱病で頭が痛み、こめかみと目が痙攣して脈(胆経)が痛み、鼻血がでるのは厥熱(肝経)の病であり、このときは第三の針である鍉鍼で補寫を行なうと書かれています。(寒熱痔は衍文のようです)

 

本間祥白先生は鍉鍼について、「員鍼と共に他の鍼とは違い刺入せず、皮膚上を按じて治療効果を挙げる為のものである」とし、「補法を行なうことを目的とし、その症候は虚証であって、血虚および気虚いずれにも使用される」と言っています。

 

首藤先生は自身の臨床的な立場から、「鍉鍼の種類は色々あるが、自分の使いやすいものでよい」と述べました。これまでに鍼のメーカーに注文して寸3・10番の金鍼の先を丸くしたものや、1寸の長さにしたものなどを使ったそうですが、現在は八木素萌先生が考案した汎用太鍼を使用しているとのことです。

汎用太鍼
汎用太鍼

 

本治法

取穴は毫鍼と同じ。皮膚に鍼先を当てる角度は30度ぐらいで軽く按圧し、超浅刺のつもりで軽く回旋する。刺激ではなく補うという意識で行うこと。うまくいくと1本で調う。鍉鍼で気至るを感じるのは難しいので、脉の変化で判断すればよい。上手くない場合は、本治法、標治法を続けていくと、最後は「いい脈」になる。鍉鍼が適応する患者は虚証なので、ごくごく控えめに、腹八分にすること。あまり脈状にこだわると刺激過剰になりやすい。

 

標治法

自由に使ってよい。毫鍼による散鍼のように軽く広く使う。硬結があれば少し按圧する。太鍼で押せばかなり強烈な指圧効果となる。もともと指圧のルーツは太目の鍉鍼であるから、もっともなことである。小児鍼として使う場合は、なるべく寝かせるようにして擦過する。

鍉鍼は使いやすいだけに刺激過剰(瀉)にならぬよう注意が必要である。

 

以上で、首藤先生の講義レポートを終わります。次回は実技について書きます。

 

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コメント: 2
  • #1

    山本卓 (金曜日, 16 10月 2015 14:41)

    とても詳細な講義レポートを何時も、ありがとう御座います。
    腹診に関して、自説だけではなく所説の解説をされ、自分に合った方法で臨床に活かして欲しいと言う首藤先生のご姿勢に、技術だけでなく他を受け入れる人間的な幅の広さが臨床家には必要なのだと改めて感じました。
    実技編も楽しみに致しております。

  • #2

    高嶋 (日曜日, 18 10月 2015 22:27)

    首藤先生は融通無碍です。鍉鍼の使い方についても、材質についても、その人に合った方法でよいと言っています。だから形だけ先生の真似をしてもあまり意味がありません。アドバイスを参考にして、自分の身の丈にあったやり方で地道に患者さんの治療をしていくことが大切なのだと思います。

網上にある鍼灸院です
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