日本伝統鍼灸学会第43回学術大会in東京 2

第43回日本伝統鍼灸学会の感想を続けます。会場のロビーには小林健二先生の製作による、「昭和先達の記憶ー日本経絡学会・日本伝統鍼灸学会歴代の会長・副会長」と題したパネル展示がありました。中にはこれまで名前しか知らなかった先生もいたのですが、プロフィールを読んで様々なエピソードを知ることが出来ました。写真も良い表情のものが使われていて、小林先生のセンスを感じました。

パネル展示 昭和の先達の記憶
パネル展示 昭和の先達の記憶

澤口博先生による「中神琴渓の診てきた病」では、江戸時代後期に活躍した医家・中神琴渓の症例から、症状別に使用穴とその傾向を解説を行ないました。琴渓は吉益東洞や張仲景に影響を受けた実践主義者で、「本に書いてあることを全て信用するな。読んで試して効果のあったものだけ採用しろ」といったように、技術は手取り足取り伝えなければならないという立場をとっており、門下生は3000人もいたそうです。琴渓の治療は鈹鍼を用いた刺絡や、下剤・吐剤などの瀉法を多用するもので、梅毒の治療には水銀を使いました。その理由は「治るから」であり、「素問・霊枢などは利用できるところは少ない」とか、「王叔和は天才だから脉がわかったのであって、脈経を読んでも二十四脉はわからない」などと発言したそうです。急性脳疾患に地倉、心臓や精神疾患に膏肓、慢性的な下肢疾患や心臓疾患に委中、上半身の激痛に尺沢、おできや外傷による腫れには血や膿を排出させていたということです。

琴渓は本を書かなかったそうですが、口授を弟子が記録しています。幸いにも、その記録である「生生堂養生論」「生生堂雑記」「生生堂医譚」「生々堂論語説」「生生堂傷寒約言」はデジタルライブラリで読むことができます。こんな貴重な資料を誰もが無料で勉強できるのですから、日本は本当に素晴らしい国だと思います。試しに「生生堂養生論」を読んでみると、これがとても面白いです。いきなり『二十四孝』の登場人物批判から始まります。母のために魚を捕ろうと、凍った河に裸で伏して体温で氷を溶かした王祥に対しては、「愚ノ至リナリ」。家が貧しく、3歳の孫に食事を分け与えていた自分の母親の健康を案じ、わが子を埋めて母親を養おうとした郭巨については、「恩愛ノ情ナシト云ヘシ、愚ノ至リ、大不孝」。盗賊に遭って食べられそうになった弟が、母に食事を与えてから戻ってくると約束し、それを聞いた兄も盗賊のところへ行き、どうか私のほうを食べてくださいと言って弟と死を争った張孝兄弟については、「コノ兄弟ハ最モ馬鹿者ナル哉、誠ニ比類ナキ馬鹿者ナリ」とバッサリ斬っています。しかし、養生について琴渓が述べていることは至極真っ当であり、「草取りは親指と人差し指で引けるうちに引き抜いておけ」とか、「糞水二十貫目持てる人は十七貫目にしておけ」など、実生活で生かせるような具体的アドバイスをしています。そして、私たちはどのような心持でいれば健康でいられるのかということについて、琴渓は次のように述べています。

 

夫(ソレ)親ニ孝ナル者ハ上ヲ犯サズ、上ヲ犯サザレバ身體髪膚に刑戮(ケイリク)ヲ受ルコトナシ。上ノ咎ナケレバ心安ク意楽ム。孝アルモノハ必ズ信アリ。故ニカリニモ虚誕(ウソ)ヲ發(イハ)ズ、人ヲ欺キ侮ルコトナシ。蓋罪ヲ侵シテ辱メラルレハ、則是不孝ナルコトヲ知レバナリ。人ニ辱シメラレザル故ニ自ズカラ悲怒ノ情興ラズ。悲怒ノ情興ラザルガ故ニ自ズカラ百疾ヲ生ズルコトナシ。君ニ事(ツカエ)テ忠ヲ竭シ、父母ニ事ヘテ孝ヲ盡シ、長者ヲ敬ヒ、幼者ヲ恵(アハレ)ミ、朋友ニハ信ヲ以テ交リ、夙(ツト)ニ起、夜ニ寐(イネ)、ソノ生業ニ怠ラズ、冨メドモ驕(オコラ)ズ、貧シケレドモ諂(ヘツ)ラハズ、奢リヲ長セズ、欲ヲ恣(ホシイママ)ニセズ、身ノ分限ヲ知テ天命ニ安ンジ、正ト不正トヲ辨別シテ正ヲ行フトキハ心ニ憂苦ナシ。心ニ憂苦ナケレバ、氣血ヨク回リテ疾病オコラズ、身體安佚ナリ。サレドモ顔子伯牛ガ如キ賢人ノ短命ナリシハ、亦天ニゾ自ラマネケルノ疾ニハアラザルナリ。夫世間ノ疾病(ヤマヒ)十ニ七八ハミナ自ラ招ルモノニテ、大抵不孝ノ不養生ヨリ發ルト知ベシ。

 

それって、素問に書いてあることじゃないすか?とツッコミを入れたくなりますが、少し読んだだけでも琴渓先生の魅力がビンビン伝わってきます。澤口先生の講演のおかげで琴渓先生のファンになりました。この冬は生生堂シリーズをじっくり読もうと思います。

宮川浩也先生の会頭講演は「陥下について」で、『霊枢』の邪気蔵府病形篇や禁服篇、経脈篇などの記載から、陥下とはなにか、そしてそれを視て探すとはどういうことかをテーマに解説されました。以下にまとめます。

 

○陥下には灸をする。(陥下則灸之:経脈篇)

○陥下は血が滞って冷えているので灸がよい。陥下者、脈血結于中、中有著血、血寒。

 故宜灸之:禁服篇)

○陥下を視て探し、灸をする(亦視其脈之陷下者灸之:邪気蔵府病形篇)

○つまり血が流れずに冷えて皮膚が凹んだところを「陥下」といい、それを目で視て探す。

○臨床では、単に凹んでいるだけでは陥下とせずに、凹み+圧痛、凹み+硬結、凹み+冷え

 などが有る場合を陥下とする。

○重力の法則を使って陥下を探す。腰痛の場合、立位で見ると陥下がわかりやすい。

○また、陥下は水平に見ると見つけやすく、照明を斜めから当てると陥下の影が出やすい。

○腕や足などは動かして角度をかえると陥下が見つけやすい。

○たとえば腰痛なら、立位で陥下を確認し、伏臥位になったときに圧痛や硬結が認められ

 れば治療穴として採用する。

○陥下のある経脈上には疎滞があることを疑い、その部位から症状を推察して問診につな

 げることもできる。等等。

 

伝統鍼灸学会に参加すると、毎回必ず自分の糧となるものが得られます。もちろん身になるかどうかはそこから先の努力次第ですが、講演を聞いて消化吸収しやすいのは「分かりやすい話」です。長野仁先生も講演の中で、歌舞伎はファッションショーであるとのたとえ話を引用し、難しいことを分かりやすく、鍼灸の世界を伝える大切さを述べていました。宮川先生の講演は大変分かりやすく、そして実践的に古典の世界を学ぶことが出来ました。これから腰痛の患者さんには立位で陥下を探してみるなど、色々試してみようと思います。

次回は実技について感想を書きます。


網上にある鍼灸院です
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