日本伝統鍼灸学会 第43回学術大会in東京 3

学会の帰り、羽田にて
学会の帰り、羽田にて

 第43回日本伝統鍼灸学会の感想を続けます。実技講演は大浦慈観先生・石原克己先生(解説:浦山久嗣先生)・藤本蓮風先生の3名が行ないました。テーマは「杉山流の管鍼術」、「江戸期における刺絡・員利鍼の変遷と実技」、「打鍼と古代鍼の発掘と臨床応用」と江戸時代の鍼灸に関連したもので、時代とともに忘れられつつあった優れた技術を研究・継承されています。それぞれの先生から学ぶところは多く、大変貴重な講演でした。

 

大浦慈観先生の実技では杉山流の「管鍼術」を紹介し、金属製の鍼管を用いて打鍼のように皮膚を叩く技を披露しました。そして「過剰な衛生至上主義が蔓延し、ディスポ鍼のプラスチック鍼管が一般的になった現在、伝統的な手技が廃れてしまうことが無いように、管鍼術を実践できる臨床家が積極的に発信するべきである」と語りました。鍼を弾入し、そのまま鍼管を叩き続ければ結構な刺激量となりますし、方向や深さを考えて叩けば、硬結や水滞、瘀血など色々な目的に活かすことができるかもしれないと思いました。

 

過剰な衛生至上主義については、私も学生時代に指サックをはめ、イソプロでびしょびしょになるほど消毒をするやり方に疑問を抱いていました。また、学校の付属施術所には「遠隔治療禁止」と張り紙が貼ってあり、実技研修で、たとえば肩こりで曲泉に鍼をすると、そこの主任の先生から叱られたものです。同様に脈診も否定されました。学校全体が西洋医学寄りの風潮で、東概を教える古株の教員には熱意が感じられず、授業内容も粗末なものでした。伝統的な鍼灸が廃れる原因の一端は、そういう教育者にあると思います。今はどうか知りませんが。

石原克己先生は員利鍼による刺絡を行ない、浦山久嗣先生が解説を行いました。浦山先生は、「鍼治療はミクロレベルで考えれば出血を避けることは不可能である。刺絡の目的は気血を巡らせる手技のひとつであって、血液を大量に出すことではない。鍼が開発される以前から砭石治療が行なわれており、金属製の鍼が使われるようになってからも出血を伴う治療は継続され、黄帝内経では主たる治療法として確立されている。刺絡法は歴史的にも文化的にも鍼灸治療の範囲内に含まれており、両者を切り離すことは出来ない」と述べて、鋒鍼と員利鍼の使い方を説明しました。

 

石原先生はモデルの腹診をして食滞と瘀血塊を確認し、痞根、志室、陽陵泉などから刺絡をしました。石原先生の観察力と技術レベルの高さや、刺絡をする際には意識で気の調整をしつつ行なうことがわかりました。実技の様子を以下にまとめます。

 

○痞根に対し員利鍼(太さ65番)を用いて、母指で皮膚を圧迫し、上がる瞬間に刺す方法

 と、皮膚を緊張させて刺す方法を実演した。また大巨周辺の瘀血塊をゆるめるために、

 志室のやや下の部位にも刺絡を行なった。鍼の痛さはかなりのもので、その効き目とは

 うらはらである。

○陽陵泉から刺絡。腹部の瘀血塊から陽陵泉に意識で邪気を引き、刺絡ともに出す。

○復溜から刺絡。気つけの為に使う。瞬間的に神経に当てるため、電撃様の刺激がある。

○井穴刺絡。母指の横紋を紐でしばり、荻野元凱方式で少商に刺し、血をしぼり出す。

○左右の膈兪に対し、韮葉鍼と三稜鍼(こっちが痛い)で刺絡し、吸い玉をかけた。

○背部に鈹鍼を使って出血をさせた(かなりの量)。

○解説のみだが、尺沢から静脈刺絡をする方法、陰部の疾患に対し、陰茎の根元を紐で縛

 り、尖端を三稜鍼で刺す(!)方法、皮膚疾患に、大腿部をつまみながら鈹鍼でひっか

 いて出血させる方法を紹介した。


石原先生の実技は、よく通る声で、的確な状況解説をしていただき、大変分かりやすかったです。

藤本蓮風先生は、打鍼と夢分流腹診、古代鍼について解説したのち、会場からモデル希望者4名に対して実技を行ないました。以下に藤本先生が述べたことを要約します。

 

○藤本先生は夢分流打鍼を発掘・研究し、現代人に対応できるように改良した。鍼灸医学

 は臨床が全てであり、効かない鍼は意味がない。打鍼は様々な難病にも効果的である。

○打鍼があったからこそ体表観察の面白さに気がつき、難しい病気も治せるようになった。

○グリグリを探すのは体表観察ではない。多くは触れるだけでもわかる。そういう鍼をや

 ると、びっくりするような病気が治っていく。

○現在使う打鍼は刺さない。現代人には刺す必要が無いからである。押手の形も変えてい

 る。伝統医学の何を継承しているかといえば、その本質である。腹部という場所に限定

 して、特殊な刺激を与えることである。

○伝統を固定的にみるのではなく、常に今、その伝統が生きるかどうかが大切である。そ

 れが伝統の継承であり、伝統医学とは、今この時代に苦しんでいる患者治す医学でなく

 てはならない。

○夢分流の腹診は、蔵の配当と同時に身体の縮図でもある。たとえば、みぞおちは心であ

 るが、頭でもある。

○ついこないだ、右の母指と次指がしびれて動かなくなった患者は、右期門に反応があっ

 た。よく調べると肝鬱をおこして、疲れすぎて、肩が悪い。空間の理論に従って百会に

 1本、たった一回で指が動き出した。こういうことが自在に出来る。だから夢分流の打

 鍼術をやるやらないは別として、診断法としても非常に優れたやり方である。

○古代鍼は、1990年に北京の医史博物館で購入した「漢代の鍼のレプリカ」を元に、

 現代でも使えるように作られた鍼である。横向きに当てて気を集める。かざしているだ

 けである。私はかざすだけの鍼で先天性の癲癇を治している。

○あなた方が大事なことは事実を知ることです。本当に知りたかったら、知るように見れ

 ばいい。この鍼灸界の悪いところは、見もしないでなんだかんだ言う評論家が多い。事

 実を見ないと。私はそれが一番今日言いたい。事実を知ってほしい。そうすると、私の

 言うことが真実だとわかります。

 

藤本先生の実技は圧巻でした。右肩の水平内転と屈曲ができない男性モデルは腹診をすると、身体の縮図にも右肩の部分に反応が出ており、右の季肋部、不容のあたりに打鍼を行いました。その音から、圧の加減を微妙に変えていることがわかります。太くて先の丸い鍼を、木槌でコンコン、ココココココン、カンカン、カカカ、カン、カンと叩くと直後に肩が動くようになりました。「これは事実ですよ」と藤本先生。会場からは大きな拍手が起こりました。

学会に参加すると、毎回多くのことを知ることができ、同時に自分の知らないことの多さに気がつきます。今学会で学んだことを復習して吸収し、明日の臨床に活かしたいと思います。

首藤先生を囲んで
首藤先生を囲んで
神田古本まつり
神田古本まつり
懐かしのホープ軒
懐かしのホープ軒

今回、首藤傳明先生がビデオ撮りのために数日前から上京されていました。良い映像が撮れたそうです。学会中は酒の席をご一緒させていただきました。

 

余談ですが、いつもは伝統鍼灸学会に参加する際は現地に2泊し、長崎か佐世保で1泊して島に帰りますが、今回は東京3泊コースにしました。滞在時間に余裕ができたので、神保町や新宿などで買い物をし、ついでに吉祥寺でラーメンを食べてきました。東京を離れて5年半になりますが、歩くスピードは遅いし、人酔いしそうになっている自分に驚きました。環境の変化とは恐ろしいものです。そして五島に着いて船を下りるとき、何ともいえない安堵感に包まれます。もう都会には住めません。すっかり五島もんです。

鯛の浦港にて
鯛の浦港にて

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コメント: 6
  • #1

    北海道なごみ (木曜日, 26 11月 2015 18:26)

    毎回参考になる記事、ありがとうございます。藤本先生のおっしゃることはもっともですね。見もしないで批判するのは簡単なのか、自分たちの立場が侵されると考えているからかですね。エビデンス重視論者はそういう傾向だと思います。
    最近、ディスポ鍼管からステンの六角鍼管に変えました。施術の流れもスムーズになり、なにより押し手の感覚が増した気がします。本当は銀の鍼管を使いたいのですが、今はちょっと我慢しています。
    追)やっとホームページの形ができました。あとは徐々に肉付けをしていきます。アドバイスありがとうございました。

  • #2

    高嶋 (土曜日, 28 11月 2015 22:59)

    EBM重視というよりも、自分と違うやり方を見ようとしない人が多いのかもしれません。だからこそ、ジャンルや流派にこだわってはならないと私は思っています。自ら視界を狭めてしまえば、おそらく事実を知ることはできないでしょう。

    金属製の六角鍼管は安定感がありますね。押手の感覚が増したといえば、私も金の鍉鍼を使い始めたところ、押手(労宮)が熱くなるので驚いています。ツボも探しやすいし、腹鳴もおきやすくなりました。硬結もよく緩みます。EBMはといわれると困りますが、これも「事実」です。虚したところには気を集めて、実したところの気を散らす。そういった操作が、金の鍉鍼だとしやすいです。

  • #3

    東京・呉竹OB (木曜日, 10 12月 2015 14:58)

    首藤先生の動画からこちらを拝見しました。毎回楽しく勉強させて頂いております。
    私も(先生と同じ頃の卒業ですので)イソプロ綿花で刺鍼部位は冠水状態でした。
    昨今、夏井医師が『傷口は消毒せず、流水で洗いなさい』という説を提唱されておられます。鍼灸界にもそういった最新の医学常識がいい形で取り入れられると良いのですが。
    私は7,8前から、てい鍼を使っております。(チタンと銅のてい鍼です)
    当時は出張・往診中心でしたので、色々な面で助かったことを記憶しております。
    現在、諸事情により休職中ですが、再開の折には、金のてい鍼も使ってみようと考えております。今後も、勉強になる記事をよろしくお願いします。ありがとうございました。




  • #4

    高嶋 (木曜日, 10 12月 2015)

    東京・呉竹OBさん
    私も以前は銅の鍉鍼が使いやすいと思っていたのですが、金の鍉鍼はやっぱり違いました。好みや相性があるかもしれませんが、ぜひ使ってみてください。

    現在、第30回弦躋塾セミナーの動画を鋭意作成中です。まだしばらく時間がかかりますが、完成次第アップします。またアーカイブスとして、過去の弦躋塾の動画もアップする予定なので、ご期待ください。

  • #5

    稲村 (火曜日, 22 12月 2015 10:11)

    高嶋先生
    いつもレポートありがとうございます。高嶋先生のレポートからいつも伝わってくるものがあり勉強になります。来年は自分でたくさん出席し、体験できるようになりたいです。名人の先生方は流派や言葉による表現は違っていても、本質的なところは同じなのかなぁと思います。弦躋塾の動画、楽しみにしています。

  • #6

    高嶋 (水曜日, 23 12月 2015 16:11)

    本質的には同じです。山を登るのに色々なアプローチの仕方があるのと一緒です。だからあまり細かい部分にこだわらず、自分が良いと思ったものはどんどん吸収しましょう。

    弦躋塾セミナーの動画、現在編集中です。もう少しお待ち下さい。

網上にある鍼灸院です
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