第65回 全日本鍼灸学会学術大会 北海道大会

札幌コンベンションセンター
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大会ポスター
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弦躋塾生も九州から参加
弦躋塾生も九州から参加

 

2016年6月10日~12日の3日間、札幌コンベンションセンターにて開催された、「第65回(公社)全日本鍼灸学会学術大会 北海道大会」に参加しました。札幌の初夏は爽やかで、街を歩いていると小さな綿毛がふわふわ飛んでいるのが印象的でした。

 

今学会のテーマは「これからの日本の医療を担う鍼灸~鍼灸治療と医療連携」です。3日間の勉強を通して心に残ったキーワードは、脳・皮膚・診断技術です。中でも教育セミナー「鍼灸師がうつ病患者を診るために」で講演された中村元昭・奈良雅之・山崎翼の3先生、そして実技セッション5「小児鍼」の谷岡賢徳先生、同じく実技セッション6「傷寒論鍼灸配穴選注より学ぶ陰陽太極鍼」の吉川正子先生には感銘を受けました。以下、要点のみ記します。 

中村元昭先生は精神科医の立場から、鍼灸師とどのように連携すべきであるかということや、鬱病患者に対して鍼灸師に知っておいて欲しいことを述べた。

 

・鬱状態は、ほとんどの精神疾患で出てくる症状であり、鬱状態イコール鬱病ではない。

・発病年齢で見ると、鬱病は30代前半から60代に多く、躁鬱病は10代から30代に多い。

・ASDなど発達障害との関与も推測する必要がある。

・初老期から老年期には器質性や激越性うつ病がみられ、思考の障害が初老期に起こると、

 認知証と間違えられやすい。

・高齢者の3Dとは、認知症(dementia)・鬱病(depression)、せん妄(delirium)。

・単極性と双極性は(治療法が異なるため)区別しなくてはならない。

・視床下部の機能失調によって自律神経や内分泌の障害がおきている。これを根本的に解決

 する薬はない。

に働けば角が立つ     新皮質  思考・認知

 にほだされれば流される  辺縁系  気分・感情

 地を通せば窮屈だ     前頭前野 意欲・行動

 そして、体       (仮面うつ病では主に身体症状が現れる)

 これらの4つのものが数ヶ月単位で推移し、気分障害、思考の障害、意欲・行動障害など

 をもたらす。躁鬱混合状態において、病相がシフトするときに、智と情が下がっているの

   に、意と体が下がっていない場合は誤診されやすい。

・感情には4種類ある。

 感覚的感情 痛み・過大な感覚刺激・快不快。

 身体的感情 特定な感覚や、身体部位に局在しない全体的な感情・活気・疲労・緊張。

 心的感情  喜怒哀楽。

 精神的感情 宗教や芸術等にともなう感情。

・心的エネルギーが低下することにより、(過去の過ちなど)葛藤の2次的露呈が現れて影響

 を及ぼす。葛藤に対する直面は自殺に繋がるため、問題は先送りして推移の変化をみる。

・ライフイベントの状態によって、休息的環境治療・傾聴・心理療法を使い分ける。

 

うつ病に対する化合物は1950年代に始まったが、現在も患者数は激増している。病院でも、症状を聞きながら逃げ回っている状態である。薬物療法だけではマネージできない。鍼灸師は患者と接する時間が長い。西洋医学の手の届かないところに鍼灸治療は有効である。

奈良雅之先生は心理士の立場から、患者に触れることの出来る鍼灸師のメリットは大きいとし、鍼灸師が臨床で鬱病患者と良好な関係を構築するためのテクニックを語った。

 

・医療面接は重要である。

・患者理解の情報収集をする。

・良好な関係は第一印象でほぼ決まる。

・患者のペースで答えられるような質問を心がける。

・気持ちに寄り添う。共感的態度で傾聴する。

・本人のネガティブな側面にたいして光をあてる。但し、ネガティブな反応や行動には同意

 しない。

・面接のポイントは空間・時間・強度の3つ。鬱病患者には遠くから(空間)、ゆっくりと(時間)、ソフトに(強度)接する。

・あいずち、うなずき支持、要約、言い換え等を用いる。

・出来事や認知、気分、行動の関連に重点を置き、可能性を示して概念化する。

・鍼や灸の刺激量は個人差や体調を考えて適切な量になるように配慮する。

 

奈良先生は東洋はり方式の経絡治療も実践されており、月経前症候群と鬱病(パニック・暴れる)の2症例を発表されたのですが、当学会らしく東洋医学的見地からの解説は無きに等しいのが残念でした。そこで、講演直後に奈良先生に「治療を重ねるにつれて証を変えていった経緯や、どのように脈や体表が変化したのか」などを質問したところ、「脈にたよって治療した結果が思わしくないこともあり、それは月経周期のある時期に起きた」という回答を頂きました。つまり海に潮の満ち引きがあるように、女性の身体も月経の周期によって虚になったり実になったりする傾向があり、それが必ずしも脈と一致するものではないというふうに解釈しました。パキシルの服用によってイライラが増したようであり、それを肝実とみて治療をしたら上手くいったとのことです。つまり脈は重要な診断方法ですが、あくまでも評価するための一つの要素に過ぎず、それだけにとらわれては失敗する恐れがあるということを教わった思いがしました。なぜ火穴でなくて太衝を寫したのかは聞き忘れましたが、むしろそういう話が一番勉強になります。

山崎翼(たすく)先生は、エビデンスとは何か、そしてその仕組みについて話された。科学的根拠とは研究者の主観が入らない複数のランダム化比較試験を集めて、統計から導かれた信頼性の高いデータのことであり、最も権威のある物差しに認められるために論文の蓄積が必要であることがわかった。エビデンスの弱点として、新しいものが正しいという弱点があり、去年まで正しかったことが覆ることがある。山崎先生は今後の課題として、まず論文の数を増やすこと。細かいことを問わずに論文にする必要があることを訴えた。また、「薬物療法について批判的な患者や家族には、どのように接したらよいか」というフロアからの質問に対して、短く手紙をしたためてはどうか。箇条書きでよいので主治医に渡せばいい。それで(鍼灸治療との)併用に導けたケースは多いと答えた。

 

西洋医学は正しいことがコロコロかわります。私が小学生の頃は予防接種で注射器を使いまわすのが常識でしたが、今は感染の恐れがあるので非常識であるというのもエビデンスです。しかし、こいつは厄介でもあります。何でもかんでも現代医学の視点から物を見るからです。そもそも2000年も前に論文の蓄積としてまとめられた素問や霊枢の世界を、わざわざ西洋医学のフィルターを通して理解しようとする必要があるのかという思いがします。現代医療と連携するためには避けて通れない道だということも分かりますが、なんか悲しい。

谷岡賢徳先生の実技では、ステージに赤子から子供までを並べて治療する様子を見ることができた。まず望診の段階で「キーキー顔は後回し」、「この子はきれいに治る」、「顔を見る子は警戒している」など、一瞬でタイプを把握し、その子との信頼関係を構築するために風船や赤ちゃん言葉などを用いていく。広い会場やビデオ撮影をする人物を怖がって泣く子供もいたが、拒否はしていなかった。「本当に嫌だったら子供はじっとしていない」と谷岡先生は述べた。大師流小児鍼の歴史や刺鍼技術についての解説や、スタッフによる小児鍼の体験もさせてもらえた。薬指をセンサーにしながら、ラグビーボールのような軌道で皮膚を軽やかに引きながら撫でる谷岡先生の手技は美しく、名人技であることが見て取れた。

 

質疑応答で、私は「夜尿症だけでなく、昼も失敗する子」の治療について質問をしました。谷岡先生は「そのタイプはひとつのことに集中し過ぎる子で、肩や首をよく緩めて、のぼせた気を下げてあげる必要がある。百会・大椎・列缺・身柱、もし腰部の奥に硬いものがあれば長くかかる」との回答を頂きました。

 

谷岡先生の講演から心に残ったフレーズを記します。

・子供は柔らかいと思っているうちは皮膚が読めていない。

・わずかな幅の中に硬さも柔らかさもある。

・さする・叩く・押し付ける・線香を近づける。

・過緊張部を施術、弛緩部は施術しない。

・正常になった点でやめる。

・心地よい施術はドーパミンやオキシトシンを産生させる。

・大人は点・慢性、子供は面・急性。

・うるさい親は放っておいて、子供と接する。

・失敗のしっぱなしではいけない。ちゃんと結論を出す。

・子供に不快を与えないのが大前提。

・どんなときに喜ぶか、怒るか、表情観察をする。

・子供の対応を最優先し、子供の言葉を使って話す。

・親は先生と子供の接し方を見ている。

・いかに治療を続けられるか。7~8割は上手くいく。

・低学年は治りにくい。

・遺伝性もある。

・夜尿症は、グラフをつけて量を測るとよい。

・塾に通うと治りにくいなと(術者が)独り言をいう。現代の子は遊び場がないから塾が楽

 しい。そういう背景がある。体鍛えて、やんちゃするほうが将来は役に立つ人になる。

吉川正子先生の実技では、卓越した診断技術と、シンプルで即効性のある治療を目にすることができた。鍼を置くだけで症状が改善するという「陰陽太極鍼」は、正に古典理論の実践そのものであり、吉川先生は鍼を置くだけでも効く理由を、 脳と皮膚は同じ外胚葉由来であることや、「皮膚表層に存在するケラチノサイトに情報伝達物質の受容体があり、軽い刺激でも即遠隔に伝達されて局所が正しく処理される」と現代医学の立場からも解説された。「自己治療で治ればよろしい」という先生の治療姿勢も素晴らしいし、何より「この優れた治療法を皆に知ってほしい」という意気込みが伝わって来て、大いに啓蒙を受けた。

 

吉川先生の講演で心に残った言葉

・解剖や生理では答えは出ない。左右、上下、表裏の陰陽が効く。

・まずは寫して邪気を抜く。陰経だから寫さないというのはウソ。

・臀部の圧痛は胃から来る。

・慢性化するとツボは横にずれていく。3行線でも7行線でも。

・そのとき、その日に反応するツボがある。

・腹診は募穴診がよい。

・太陽病→膀胱経→小腸経といったように意識をもってみる。

・翳風の圧痛は厲兌が効く。

・脾兪の陥下は反対側の大腸兪をゆるめる。

・天枢の圧痛は上巨虚でとる。

・太谿は肓兪でとる。

・背部は飛陽でとる。

・ふくらはぎ、下から肝・腎・脾とみる。

・右照海を寫の向きに皮内鍼で右後頭部痛が治る。

・歯並びが悪いのは腎虚。

・頚椎は反対側の太谿でとる。

・ソケイの痛みは秉風。

・夕方悪いのは腎。

・皮内鍼は気持ちいい方向に向けて貼る。

・腎経の寫、隠白の寫など、陰経の寫は必要。

・どんな疾患でも胃腸を治すこと。

 

吉川先生の実技を見て、古典のエビデンスに基づいた治療の大切さがよく分かりました。先生の推薦された『傷寒論鍼灸配穴選注』と『驚きの脳』も早速読んでみることにします。

北海道大会では学ぶことが多く、3日間のスケジュールもあっという間に過ぎました。ちょうど、YOSAKOIソーラン祭りと会期が重なり、すすきのでは祭りを少しだけ見ることが出来ました。太鼓を叩きながら、楽しそうに踊る若者たちの姿は生き生きしており、そのエネルギーを分けてもらった気がします。おかげで元気に帰路につくことができました。

網上にある鍼灸院です
網上にある鍼灸院です