第66回 全日本鍼灸学会学術大会 東京大会

 2017年6月10~11の2日間、東京大学本郷キャンパスにて第66回全日本鍼灸学会・東京大会が開催されました。大会テーマは、世界に誇る日本鍼灸~「東京宣言」確立のためのプログレスです。一言でいえばTCMおよび海外で行われている鍼灸に対して、日本鍼灸の何が優れているのかを検証し、さらに進歩・発展させるための大会です。懇親会時の発表によると、約2400名の参加者があったそうです。私が聴講したのは、ips細胞を用いた再生医療、ゲノム治療、先制医療、体性感覚の研究、触れることの意義など7つの講演です。今回

も自分の臨床の糧となる学びが沢山ありました。

 

会頭講演「東洋医学と西洋医学どちらが本質治療に近いのか」

・画像診断はあてにならない→陽性であっても痛みを感じず、また陰性であるにも関わら

 ず痛みを感じるケースが多々ある。痛みや軟部組織といったものは客観的に見ることが

 できない。デカルト科学は近代合理主義・要素還元主義であり、理論的・客観的である

 ことが求められ、対象を分析・細分化していく特徴があるが、人間のように複雑な対象

 は苦手である。

・病因論からみても、原因=症状だけではなく、その人の体力や環境が関わってくる。た

 とえば腰痛の原因は単一的ではない。

・西洋医学の治療はアロパチー(症状と反対のことを薬で行う)であるが、そもそも発熱

 は生体が自らおこなっていることで、ウイルスがさせているわけではない。消炎剤は治

 療を先延ばしにしている。対して東洋医学では生体の働きを促すようにする。たとえば

 風邪の場合、漢方では発熱を促進させ、鍼灸では血行を促進させるように治療する。

・高血圧の理由は全身に血液を送るためであり病気ではない。高血圧は脳出血のリスクで

 ある。

・筋緊張と心の不安は相関する。鍼灸治療は病態説明により病気への不安を解消し、傾聴

 的な態度で悩みや苦痛を受けとめ、悪いところに触れる。より本質的治療に近い。

・生活習慣を改善するのが本態的治療である。

シンポジウム1「難治性神経疾患に対する鍼灸治療の現状と課題」

・書痙に対しては上肢区(頭針)の治療が有効である。筋緊張を抑制させたい場合には反

 対側に治療し、興奮させたい場合には両側に治療する。

 

これはあくまでも頭針治療のみにあてはまる理論なのかもしれませんが、ふと本治法に対する考え方にも応用できないかなと思いました。片方刺し、両方刺し、患側刺し、健側刺し等、流派やスタイルによって色々な考え方がありますが、たとえば虚証の場合は両側に、実証の場合は健側を取穴してみるなど、選択肢のひとつとして試してみるのも良いかもしれませんね。刺鍼方法が異なってもそれぞれの鍼灸師が患者さんを治しているという事実があります。興味深いことです。

シンポジウム2「がんと鍼灸ーがん患者に対する鍼灸治療の現状と新たなる展開」

・抗がん剤などの治療法の進歩によって5年相対生存率は上昇傾向にあるが、治療に伴う副

 作用・合併症・後遺症に苦しむ患者は多く、その中でも薬物療法に関連した悩みが著明

 に増加している。

・「統合医療」とは、西洋医学を前提として、補完代替療法や伝統医学等を組み合わせ、

 QOLのさらなる向上を目的とするものである。「統合医療」情報発信サイト(eJIM)

 の統合医療エビデンスには、コクランレビューなど様々な論文が掲載されている。

 ・緩和医療(緩和ケア)はチーム医療によって行われ、患者の症状や、家族も含めた不安や

 辛さにアプローチし、その予後にまで寄与する。

・生存期間の延長にはアドバンスケアプランニング(ACP)が大きく関わってくる。末期

 であっても希望を捨てず、生きる力を与える。

・歩くことで発症・死亡リスクが減少する。

・鍼灸のエビデンス構築と医療連携の充実が望まれる。

・在宅医療には多職種との連携が不可欠であり、患者と家族の心理的負担の軽減に役立つ。

・鍼灸とは何なのか? これからは量的ではなく質的研究をしていくべきである。

・鍼灸治療を続けているがん患者に、壮絶な苦痛は無い。

・最終的にQOLは必ず下がっていくものである。その中で患者に何か安堵を与えるものを

 提供できないか。人間味や共感が求められる。発言は大事である。

特別講演2「個人差と遺伝子発現の多様性」・特別講演3「ips細胞技術の神経系の再生医療および疾患研究への応用」

・ヒトは違って当たりまえ。一卵性双生児でも必ず異なった部分(指紋など)がある。

・どのような環境因子や医学的介入が、遺伝子の発現をどのように変化させるかは、まだ

 研究途上である。

・2100年には日本の人口は3770万人、平均寿命は93歳と推定されている。

・再生医療→ips細胞など再生した臓器移植により、心不全やパーキンソン病に期待される。

・先制医療→ゲノム解析など科学技術の進歩により、発症前に予測して予防的な治療を行

 なう。早期検出→早期治療介入。(BRCA1遺伝子変異~アンジェリーナ・ジョリーの例)

・アルツハイマー型認知症は発症する20年前から進行していく。MCI(経度認知障害)の

 段階で対策をすることが大切である。次世代シーケンサーによる遺伝子解析と病態研究

 が進められている。

・イメージングセンターにより研究されていることは、ヒトの発生生物学的研究・チンパ

 ンジーからヒトの大脳皮質・ネアンデルタール人の知性・異種間キメラ(スタンフォー

 ド大学)・ヒト生殖生物学(不妊のおこる機序)などで、生命倫理をしっかり考えて研

 究が行われている。

 

総合討論「これからの医療は -鍼灸の未来は-

・科学技術の急速な進歩により、医学医療のパラダイムシフトが起きる可能性が大きい。

 技術革新により必要なくなる職業が増える中で、鍼灸の未来はどうか。すでに現在、直

 接灸を行なっている鍼灸師は2割強である。患者の意識も以前とは異なり、「たとえ効果

 があっても痛くて熱いのは絶対に嫌だ」という認識になっている。

・AIの進歩は得意分野で人間を超える。将棋の例ではコンピュータが、人間の気づかなか

 った新しい手を出した。これは記憶したビッグデータの蓄積から計算して出したもので

 ある。つまり人間の理論を超えた新しい理論の発掘、たとえば新しい経穴の発掘なども

 ありうる。

・看護の仕事が作業とすると、AIの役割がはっきりする。薬剤師の場合も、調合はコンピ

 ュータがやったほうが良く、人間は統合職をすることになるだろう。リハや鍼灸師にお

 いてもデータ分析はコンピュータにまかせれば、要素還元主義以外の考え方を生み出し

 てくれるのではないか。

・遺伝医学の研究ではパラダイムシフトは起きるだろう。画像診断、病理診断の分野では

 急速に進歩する。がん個別医療、ゲノム医療は一般化する。

・鍼灸がどのように効いているのかAIを使って計測し、それをしっかりした臨床医(やぶ

 医者じゃダメ)が行ない、データを覚えさせる。Human to humanは変わらない。どう

 いうデータをインプットするか。生体、社会は一つのルールだけでは決められない。治療

 は最終的には臨床医の役割である。機械にはバグがある。

・ipsは個体レベル(多くても臓器レベル)であり、機能回復は複合的なものなので、ipsだ

 けでは無理である。メカニズムがわかれば機序・部位がはっきりするだろうし、それを

 鍼灸師が活用できるだろう。 

・BRCA1は予防なので、保険は使えない。遺伝子検査・予防的切除ともに高額である。

・脊髄再生には一人1億円かかるが、技術が進歩すれば1500万円ほどになると予測される。

・2030年になると、日本の他にもアジア諸国が高齢化に追いつく。病院から在宅へ、治療

 から、話し支える治療へとなっていく。病院にかかるのではなく、地域において色々な

 方々の助けを借りて一生を生きるようになるだろう。→ QOD(クオリティ・オブ・デス)    いかに満足して死を迎えるか。

・人間は忘れることの良さがある。

 

これからの医療は科学技術の進歩によって、病気になる前に予防的治療を行い、悪くなった部位(臓器など)は再生するという時代になっていくようです。今は何でもなくても、将来的にリスクが高ければ切除するという考え方は、その人の人生観によって賛否が分かれるでしょう。しかし乳房と卵巣と卵管を切除した後のアンジーの不健康そうな様子を見ると、切除したことによる弊害も大きいことが伺え、精神と肉体はまさしく相関関係にあるということを感じます。ともあれ人間は100%の確率で全員死にます。私はこれからの人生を、どうすれば長く生き延びるかよりも、どうすれば悔いなく死ねるかと考えて生きて行こうと思います。

 シンポジウム3「あなたは患者さんに触れていますか?~日本鍼灸の特徴である”触れる”を科学する」

・触れる意義~中医学では触れないが、古典には書いてある。(例:霊枢75)

 鍼を用いる者は必ず先ず其の経絡の実虚を察す。切して之に循い、按じて之を弾く。其の応じて

 動く者を視て乃ち後之を取って之を下す。~『霊枢訳注』家本誠一著・医道の日本社より引用

 

・触診・脈診・16難以外の腹診・圧痛・硬結・押手・軟らかい鍼を使うなど、日本の9割の

 鍼灸師は反応をみて治療をしている。

・STRICTAでは刺鍼に対する考えがない。

・中国では針は細く繊細な傾向にある。

・アメリカでは軟鍼灸・硬鍼灸という区別がある。

・触れるということには3つの意義がある。ひとつは感覚を与えるということであり、患者

 が施術者を評価する情報となること。もう一つはツボを探すための情報が得られること。

 もうひとつは一方的ではなく相互に影響しあい、一体感が形成されることである。

・ツボは形体的なものではなく機能的なものである。反応とは術者の感覚+患者の感覚。

・トリガーポイントとツボの関連が高い。圧痛・硬結・トゥイッチ。

・押すという情報からツボのある深さを得ている。

・ツボは索状硬結上に存在している。筋膜部位に刺入するのが最も効果的である。

・触れることでオキシトシンが分泌される。末梢器官では乳汁分泌や子宮収縮、中枢神経

 では偏桃体など社会脳に影響し、愛情や伝教を築く。オキシトシンには成長・養育行動(子宮で)・血圧や心拍を下げる・不安や抑うつを下げる・痛みの閾値を上げる(感じに

 くくする)・短期的記憶を高める・子供の情緒を育てる(目のあたりに注目して相手の

 感情を読み取りやすくさせる)などの働きがある。

・オキシトシンの出る量は個人差がある。

・マッサージ施術中に施術者のオキシトシン分泌量も増えることがわかった。

・相手の体に触れるということは相手の心に触れることである。相手のことを思いながら

 触れるとオキシトシンが大量に出る。つまり心が大事ということである。日本鍼灸は心

 身一如であり、そこが客観的にみる西洋医学との違いである。

・オキシトシンを自分で出す方法は①スキンシップ②人に親切にする(ボランティア)

 ③感情を発散させる④五感の快(音楽や視覚の楽しみ)⑤鍼灸(TENS)

・触覚には知覚(識別)機能と感情喚起機能(C触覚繊維)の二つの機構があり、C繊維は

 受容器を持たず、毛の振動を感じる。前腕と口の周りに多くある。

・C繊維は速度に依存する。1秒に3~10センチ、特に5センチ程度のスピードに最も反応

 し、感情や自己の意識に届く。

・但し、触れるという行為は、先に患者と充分なコミュニケーションをとってからでない

 と逆効果になる恐れがある。

首藤先生を囲んで
首藤先生を囲んで

大会全体を通して感じたのは、講演される先生方、そして参加者ともに真摯な態度で臨まれていて、非常に雰囲気が良かったことです。また東大という場所柄もあるのでしょう。キャンパス内にはそよ風が吹いて木々の葉が揺れ、爽やかな気持ちになりました。勉強意欲も自然と湧いて、充実した2日間を過ごすことが出来ました。

 

西洋医学を前提とした考えに基づいているからか、医師の指示によるチーム医療、医療連携の重要性を説く先生が多かったことも印象的でした。それが現代医学的には最も合理的で最新の医療の下に鍼灸治療を患者に提供できるということもわかります。しかし、開業鍼灸師は自分で考えて治療することが出来ます。一人一人の患者と時間をかけて信頼関係を築いて、相手の苦痛に共感しつつ、患者の問題を解決していくという開業鍼灸師としての役割が必要だと私は思います。個人的にはオキシトシンの話しが最も興味深かったです。首藤先生をはじめ、ベテランの先生方が施術中にどのように「触れて」いるのか注目しながら、youtubeの動画を見て学ぼうと思います。

 

網上にある鍼灸院です
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