第26回全日本鍼灸学会九州支部認定講習会

2月4日に博多で行われた、第26回全日本鍼灸学会九州支部認定講習会を受講しました。今回の講演内容は「病理学の概要」、「刺す鍼と刺さない鍼の効果の検討」、「男性不妊症について」です。印象に残ったキーワードを記します。

 

講演1 古くて新しい人体病理学 ー診断病理学の煌めきー 恒吉正澄先生

・病理学は病気の基本的な概念を理解し、各臓器の種々の病気の枠付けを明確にし、そ

 の病気の本態を明らかにする学問である。がん(悪性腫瘍)かどうかを見分け、臨床医

 の治療の方向付けをする責任の重い仕事である。

・腫瘍の形態には個性があり、良性なのに悪性に見えたり、一見すると良性に見えても

 実は悪性だったり、両者の境界病変もある。また良性腫瘍が悪性化することもある。

・がんには癌腫と肉腫がある。肉腫は骨組織、筋肉、脂肪組織などの骨軟部組織におこる

 悪性腫瘍で経過が悪い。子供に多く発生する。

・アポトーシス(核の断片化)はDNAに組み込まれた細胞の死で、オタマジャクシがカエ

 ルになるときに尻尾が消えるなどの現象であるが、がん・ウイルス・薬物・熱・放射線

 などによっても起きる。

・遺伝子がワンプッシュ、ツープッシュ、スリープッシュされることで、良性から悪性化

 する。

・大腸がんの早期は治る。早めに対応をすることが大切である。

・膵がんの5年生存率は7%と低く、甲状腺がん、前立腺がんは高い。

・癌は自然退縮することがある。DNAを分けていくと、予後が良いのと悪いのとがわか

 るが、悪性であっても理屈ではわからないことで治ることもある。

 

講演2 刺さない鍼によるメカニカル・ドーピング?!   ~最新データが示す筋疲労の抑制・回復効果~ 有馬義貴先生

・20代以上の鍼灸経験者は6~7%だけである。

・鍼灸の社会認知について、2011年にマンガ1015題(10421冊)を調査した結果、鍼灸

 に関するものは1.3%であった。武術やスポーツ、経穴に神秘性を持たせた描写が比較的

 多く、最近では女性職としての職イメージが強まる傾向がみられた。これらのことか

 ら、現在の鍼灸に対する社会ニーズのキーワードはスポーツ、ツボ、女性(+美容)にある

 と考えられる。

・刺す鍼、刺さない鍼、微小突起皮膚刺激など物理的な刺激による効果の検討では、置鍼

 は筋疲労しにくい。パルスは筋疲労しやすく、20Hzに比べて、60Hz、100Hzと上げる

 につれて筋疲労しやすくなる。

・20分以内での実験では、刺入パイオでは筋疲労が回復するが、刺入しないタイプでは効

 かない(20分以上必要ということ)。またツボじゃないところに貼っても変化はない。

・鍼をしてから指圧をするほうがコリが取れる。(筋疲労にもよい)

・指圧をしてから鍼をするほうが発揮効力を維持する。(パフォーマンス前によい)

・スポーツ選手は、刺す鍼でパフォーマンスが変わることを恐れる。

・鍼灸は患者に対する一つの手段にすぎない。

 

講演3 男性不妊症と鍼灸治療 角谷英治先生

・不妊症は「生殖可能な年齢の異性のカップルが通常の性行為を継続しているにも関わら

 ず、1年が過ぎても妊娠に至らないもの」と定義される。現在、6組に1組は不妊治療を

 経験しており、その約半数は男性に問題があるとされている。

・男性不妊症の83%は造精機能障害で、そのうちの56%は原因不明で治療法の確立ができ

 ていない。精液所見が不良で精索静脈瘤がある場合には手術、また低ゴナドトロピン性性

 腺機能低下症には内分泌療法が有効だが、その他の原因には有効な治療法がない。現状

 では経済的負担や侵襲性の高い人工授精や高度生殖補助医療を行うケースが多く、新た

 な治療法が求められている。

・EDは性交に至らないので、不妊症にはあてはまらない。

・精液は前立腺液、精漿、精子よりなる。また前立腺から精漿中にたんぱく質分解酵素

 (PSA)が分泌され、精漿中のゼリー化成分を分解して精子の運動性を高める。

・勃起は副交感神経性の骨盤神経の作用(S2~4)、射精は主に交感神経性の下腹神経

 (Th10~S2)の作用による。また体外への精液の射出は陰部神経の作用による会陰筋群

 の収縮による。

・テストステロン量は30代から減少していく。

・精子の質を上げるためには睾丸を温めないことや、喫煙や飲酒を控えるのがよい。

・仙骨部骨膜(中髎穴から上に向けて斜刺)への鍼刺激によって、精漿中PSA濃度の増加

 に伴う精子運動率の上昇が認められ、交感神経遮断薬によって消失した。交感神経が作

 用して前立腺に影響を与え、精液の液状化を促進することで精子運動が活性化したと考

 えられる。

感想

今回も色々なことを学びました。心に残ったことを記します。

恒吉先生の講演では、遺伝子が何度もダメージを受けることによって良性も悪性化するということと、理屈はわからないが悪性であっても自然退縮することがあるということです。前者の場合も後者の場合も、これまで診てきた患者さんや自分の家族の闘病の記憶と重なり、病とは何なのか、生命とは何なのかを考えさせられました。また、顕微鏡で見る小さな世界では、悪いものほど綺麗な形をしているという話も印象的でした。

有馬先生の講演では、刺激の質と量について考えさせられました。わずか0.6mmの貼付鍼でも、刺入しないタイプとは筋疲労回復の効果に差が出る。たとえ貼付された本人が気づかない程度の刺激量であっても、皮膚はその差をしっかり感じ取っているということがわかります。だからこそ正しい場所(反応点)と正しい刺激量が大切なのでしょう。名人といわれる先生方の治療が効く理由はこれにつきると思います。また「鍼灸は患者に対するひとつの手段に過ぎない」という言葉も、鍼灸師が自分本位の目線にならぬよう、患者にとって何が良いのかを客観的に考えなくてはならないと気づかされました。

角谷先生の講演では「中髎穴に対する刺鍼でPSA量が上昇して精子の動きが活発になった」という話の中で、筋・靱帯に刺すよりも骨膜に達する刺鍼(+10分間の徒手刺激)のほうが効果が高かったことに興味がわきました。「交感神経を賦活させることで前立腺に影響を与え、精液の液状化を促進させたと考えられる」ということです。骨膜まで刺鍼した被験者の全員が治療後も得気感覚が半日続いたということから、かなりの刺激量だったと思います。

そういえばTPの黒岩共一先生の書籍にも、殿筋とその深部の凝りをとれば精子を作る能力や射精の勢いが改善されるとありました。首藤先生も胞肓の刺鍼(3~4寸)の際に「得気が陰部のほうに響くと突起する」と話されたことがあります。普段、自分の臨床では刺さない鍼が多いのですが、ケースによっては深い鍼も必要であるし、鍼灸師は刺す技術を怠ってはならないと自省しました。角谷先生の講演では射精に至るまでのメカニズムや勃起機能についての解説もあり、ED治療へ対する参考にもなりました。コピーをレジュメで配布していただいたので、復習して理解が深まりました。今回学んだことを臨床に生かしたいと思います。

 

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コメント: 2
  • #1

    鈴木(呉竹OB) (火曜日, 06 3月 2018 14:50)

    お久しぶりです。今年もよろしくお願いいたします。
    刺さない鍼による~の記事、てい鍼を施術のメインにしているものにとっては
    目から鱗でありました。接触している以上、生体反応は起きるわけですから。
    また、鍼灸の社会認知について、漫画を参考にされるとは。流石、有馬先生。
    (有馬先生は常葉大学のHP上でも漫画のキャラクタを引き合いに出されておられます)
    漫画作品の中で有名なところでは(鍼マニアの)赤星たみこ先生原作の『別れたら好きな人』があります。最近では『みけねこ鍼灸院』あたりですか。
    世代的には、“ツボを使った武道家のお家騒動を描いた漫画”(=北斗の拳)ですが、
    あの作品、指圧の先生方から色々あったとかなかったとか。
    とにかく、漫画で啓蒙するか、物語の中でハリ治療を紹介するかしかないのですから、
    もっと漫画家さん達にハリ治療を受けて頂くと良いのでは。と思う次第です。

  • #2

    高嶋 (木曜日, 08 3月 2018 08:10)

    お久しぶりです。コメントありがとうございます。
    鍼灸に関する漫画は結構あるのですね、機会があれば読んでみます。そういえば子供のころに読んだ『天才バカボン』に、部屋を歩いていたバカボンが針を踏んで、突然グーグー眠ってしまったシーンがあったのを思い出しました。パパが足裏の針を抜くとパッと目覚めるんです。あれは時代的に、中国の鍼麻酔が話題になっていたのかなと今では思います。また漫画ではないですが、小説の『鍼師おしゃあ』は読みました。主人公が粋な女性で面白かったです。

    『刺さない鍼』は、私にとっても大きなテーマです。皮膚が持っている潜在力にはとても興味があります。個人的な意見ですが、皮膚は触れなくても(近づくだけで)感じることができますし、触れ方によって瞬時に快不快を見極めてしまいます。また脳と同じ外胚葉由来でもありますし、皮膚にダメージを負った患者さんが精神的な症状(トラウマ)を抱えているケースも少なくないことから、皮膚は脳の出先機関、あるいはそれ以上の構成要素ではないかと考えています。また、皮膚に接触することによるホルモン分泌(オキシトシン)などからも、刺さない鍼による治癒への可能性は多大なものだと感じています。

網上にある鍼灸院です
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