第67回全日本鍼灸学会大阪大会

6月2日~3日に大阪で開催された、第67回全日本鍼灸学会学術大会に参加しました。大会テーマは「健康・長寿を支える鍼灸学」-新たなるエビデンスとナラティブへの挑戦-です。

今回も沢山の学びがありました。講演から印象に残ったキーワードを記します。

 

超高齢社会における高齢者医療の課題 萩原俊男先生

・2025年頃には団塊の世代が75歳以上となり、超高齢化対策が急務である。

・高齢者のQOLを低下させる主な疾病は認知症・脳血管障害後遺症・老年症候群であり、

 その予備軍としてフレイル(高齢者の虚弱・老衰・脆弱)やサルコペニア(筋肉量の減

 少で身体機能が低下)という概念が注目されている。高齢者の介護予防や終末期緩和医

 療に対して鍼灸療法の積極的応用が期待されている。

・サルコペニアに対するマウス実験では、鍼だけよりも通電を加えたほうが効果的で

 あり、骨格筋の萎縮予防が期待できる。

・認知症の周辺症状(妄想・抑うつ・睡眠障害など)には、鍼灸の効果が認められる。

・アルツハイマー型に対しては、中国の報告だと薬よりも針のほうが良い結果が出ている。

 配穴は膻中・中脘・気海・足三里・血海。

・血管性認知症には、上記のツボに百会・神庭を加える。

・高齢者総合的機能評価(CGA)は「生活機能」、「精神・心理」、「社会・環境」の

 3つの面から高齢者を評価する指標である。(※1)

・高血圧に対しては、降圧薬と針を併用すると効果的である。配穴は太衝・足三里・曲池・

 風池・豊隆・三陰交・内関・太谿・合谷。

 

ホスピスケアのこころ 柏木哲夫先生

・生命は有限性であり、いのちは無限性である。生命は生きる力であり、いのちは生きて

 いく力である。これからの医学はいのちも診ていく必要がある。

・末期患者の共通の願いはふたつある。

 ①苦痛をとってほしい(生命を診るという視点)。

  そして、痛みが取れると...

 ②気持ちがわかってほしい(いのちを診るという視点)

・緩和医療の要素には、生命を診る・いのちを診る・家族を診る・予期悲嘆のケア・死の

 受容への援助・死別後の悲嘆への援助などが含まれる。さらに、いのちを診るには、

 存在の意味・価値観の尊重・平等意識・親切なもてなしが必要となる。

・がん末期の三大苦は、痛み・全身倦怠感・呼吸困難である。痛みに対してはモルヒネ合

 成麻薬や神経ブロック、硬膜外注射等が用いられているが、コントロールの難しい全身

 倦怠感や呼吸困難に対する新しい緩和法の開発も必要である。

・安易な励ましは会話を遮断するだけで、何の役にも立たない。

・気持ちの理解をするためには、陰性感情を表現する言葉を会話の中に入れ(悲しい・

 はかない・寂しい・つらい・苦しい)、わかろうとしていることを伝えることが大切で

 ある。(「それはつらいですね」、「そうですか、悲しいですね」、「ほんとうに、や

 るせないですね」)

・しっかりと患者の言葉に耳を傾ける=傾聴する

・聴くということは、心をもって、目と目を合わせて、しっかりと聞くということである。

・ベッドサイドに座るときの距離が大切である。目線の高さを合わせて(平行にして)、

 近すぎず、遠すぎずにする。患者にはその日その日の距離がある。

・ユーモアが効く人と効かない人がいる。

・魂の痛みはこころの問題をこえる。

・バチが当たったというのは、人間以外の何者かが当てたのである。どこに当たったのかと

 いうと、魂に当たったのである。

 

シンポジウム1【EBM・NBMと鍼灸】 山下仁先生・高梨知揚先生・鶴岡浩樹先生

・EBMは最善のエビデンスを臨床の環境と患者の価値観と統合したもの。

・術者と患者との対話を通じて、新しい物語を共同構成していくのがNBMの概念。

・客観的な科学というモノサシと主観的な患者のモノサシがあり、両者に橋をかけるために

 生まれた概念がNBM(物語に基づいた医療)であり、患者の病の物語を傾聴し、その意

 味を理解し、対応すること。

・ナラティブアプローチによって過去の評価も未来も変わる。散りばめられた現場の情報

 を一つの物語に構成する能力が必要。

・鍼灸師がステップアップするためには、読む・書く・共有するという作業を繰り返して、

 内省・ふりかえりを行ない、目の前のことに対してどうして上手くいったのか、あるい

 は上手くいかなかったのか、多角的にものを見る目をつけること。その都度、立ち止まっ

 てリフレクションをすること。

・どんな患者に(patient)、何をすると(intervention)、何と比べて(conparison)、

   どうなるか(outcome)、PICOにナラティブを入れ込むことで、多様化する患者の価値

 観に対応できる。

・VBP(価値に基づいた診療 :Values Based Practice)とは患者と術者の間に生じる

 「すれ違い」を解決に導く10のプロセスである。①価値への気づき②推論③知識

 ④コミュニケーション技法⑤当人中心の診療⑥多種職チームワーク⑦二本足の原則

 ⑧軋む車輪の原則⑨科学主導の原則⑩パートナーシップ(※2)

 

鍼灸は科学である-医学概論の遡及的考察 武田時昌先生

・鍼灸は医学である。東洋的な立場からの医学概論の構築が必要である。

・科学的検証重視の「エビデンスの踏み絵」によって、優れた技能者による治療実績や施術

 の効能に目を向けないのは本末転倒である。

・灸中心の治療から、鍼という道具をメインに理論化した時から、中国医学は飛躍した。

・『肘後備急方』を参考に、キニーネに耐性を持つマラリアに糞ニンジンが抑制すること

 を突き止めた屠呦呦(と・ようよう)氏の功績(過熱せずに低温でアルテミシニンを抽

 出した~しかも文革時!)は素晴らしい。我が国でも『東亜医学』にマラリアに対す

 る漢方や鍼灸の研究論文が書かれているが、蔵書している大学がどれだけあるだろ

 うか?。(※3)

・伝統医学の素晴らしさは、色々な症状があるのに検査では異常が出ない「虚労」という

 病を、複合的な症状をいち早く察知して治めるということにある。

・生活習慣病、婦人病、小児病といった病を馬王堆の時代から理論的に分類していた。

・六君子湯には長寿遺伝子を活性する力があると発表されたり、ミトコンドリアの卵子注

 入による不妊治療が注目されるようになった。ミトコンドリアの「若返り」に効果的と

 されるミトコンウォークなどは、卵子のアンチエイジングという手法によって人々に広

 まっているが、昔から導引としてある知恵である。

 

医療におけるナラティブとエビデンスの統合的活用 齋藤清二先生

・EBMの定義ははっきりしているが、エビデンスの定義は無い。エビデンスは臨床判断の

 ために用いられる科学的な研究成果についての情報であり、情報とはあくまでもそれを

 知って利用するためのものである。

・サケットによるEBMの定義とは、①個々の患者のケアにおける意思決定のために、最新

 かつ最良のエビデンスを一貫性を持って明示的に思慮深く用いること。②EBMとは特定

 の臨床状況において入手可能な最良のエビデンス、患者の価値観、医療者の臨床技能を

 統合すること。

・エビデンスには階層がある。

・エビデンスのハイジャックとは、学術領域の権威者や利益の争いなど、エビデンス至上

 主義が形を変えて忍び込むこと。現在もエビデンスのハイジャックは解決されていない。

・ガイドラインはだいたい無難なものに落ち着く。確率論であり、突飛なことは否定される

 傾向にある。たとえば急性腰痛に対するエビデンスは、特別な方法でも、安静でもなく

 、「日常的な活動を無理のない範囲で続けるようにすすめる」というのが最も効果的な

 エビデンスがでている。

・エビデンスとは統計的な実験デザインであり、目の前の患者さんに出来るだけ良いこと

 をしようというのはエビデンスの実験にならない。しかしこの方法は本当に良いことな

 のか?というのは研究になるので実験を続ければよい。その実験はRCTがベストという

 のが現在のコンセンサスになっている。現実のデザインで結果が出たら論文化する。論

 文は情報になるので利用することが出来る。その際、エビデンスを評価するプロセスと

 個人の実践における批判的吟味をするプロセスに共通点があるというのがEBMの特徴で

 ある。方法が正しかったかという方法論と、臨床的有用性はあるのかというのは認識論

 が異なるが、どちらも必要となる。

・EBMは①疫学の原則・理論に従う②目の前の患者にどう利用するかの2段階で考える。

・心理療法のエビデンスはまだまだあやふやな段階である。

・EBMには正統派、ガイドライン派、伝統科学派の3つの考え方がある。

・NBMとは、患者のある出来事(個人の経験)を語ってもらい、それを記述して意味付け

 をし、未来に向けてよりよい方向に一緒に修復していくこと。患者の人生という一冊の

 本の中で、今を生きている(病気になっている)という部分は重要な一章となる。いま

 起きている痛み・苦しみが人生(その人の物語)においてどのような意味を持っている

 かを考える。語り手である患者が主人公であり、決して医療者の治療対象だけではない。

 治療をするとしても、お手伝いをするという姿勢を持つ。

・NBMには複数の物語が共存することが許される。たとえば鬱症状を説明するときに、東

 洋医学の物語では「気のうっ滞」と考え、西洋医学の物語では「脳の中のセロトニンが

 足りない」と考え、心理療法の物語では「考え方の問題」と考えるが、いずれの方法で

 も効果が出ている。これらは対話による合意によって選択される。

・「未来は不確定だし、過去は取り返しがつかないから、いくら考えても解消しない。人

 間は考えれば考えるほど鬱になる。そういう思考パターンを変えると楽になりますよ」

 というのが認知療法の考え方で、これは抗うつ剤よりも良い効果があるというエビデン

 スが出ている。

 

伝統鍼灸のあり方 北辰会からの提言 藤本新風先生

・経穴に正気を集めて祛邪→正気を分散させず治療効果を最大に上げる。

・中医学の理論と用語を基本とする。

・日本伝統鍼灸古流派の技術を用いる。

・夢分流腹診、原穴診、背候診、舌診、空間診、胃の気脈診など多面的な病態把握をする。

・少数配穴による治療。

・衛気を意識した撓入鍼法,打鍼、古代鍼を用いる。

・臨床に合うように古典を読む。

・検査等で異常が無くても、生体のひずみを各側面に見出すことは少なくない。

 

感想

シンポジウム1【EBM・NBMと鍼灸】の質疑応答にて、よく質問をされている高齢の先生が「鍼灸はテーラーメイドであり、補瀉という、術者の技術レベルも違えば、患者一人一人の病態も異なるようなものをRCTで評価できるはずがない」というような趣旨のことを言われました。この質問に対する山下仁先生の応答が実に紳士的で、相手の意見を尊重しつつ、補瀉についてのRCTもあること、証とか偽鍼なしでの比較試験や、プラグマティックトライアルという方法もあることを述べておられました。そして最後に「EBMやRCTを実践することで、鍼灸は孤立する道を捨てることになるんです」と言われたのが印象的でした。やっぱ頭のいい人たちは違うと感動しました。こういうレベルの高い先生方のやり取りを聞けるだけでも、学会に参加する価値があると思います。EBMは西洋医学(医師)が主体となって行われる医療にとって欠かせないものなのだと思います。チーム医療や病院と連携できる鍼灸師及び団体、教職員、研究者の方のお陰で鍼灸の科学化が進むことでしょう。

 

しかし、EBMの考え方にも派閥があったり、EBMだけでは現場の問題を解決できないからNBMで補完したりするという未完全な側面も知りました。また薬と違い、いくら鍼にエビデンスがあると認められても、実際に効果が出せるかどうかは個人の技量によりますし、英国人のモノサシに合わせようとすればするほど、仏教思想と融合して発展した日本鍼灸の価値や魅力が薄らいでしまうような気がします。そのような意味で、武田時昌先生のメッセージは胸に響きました。

 

藤本新風先生は北辰会方式の解説と、撓入鍼法と打鍼の実技を行いました。北辰会方式は他の流派とも現代鍼灸とも違います。鍼は気を動かす道具であり、ツボは1穴か2穴しか使いません。これは一般の鍼灸治療から考えたらすごいことです。手技は一瞬のことですが、それによって何が変わるのかを目の前で見ることができました。藤本先生に関しては、昨年金沢で行われた日本伝統鍼灸学会の実技の印象が強烈に残っています。あらかじめ他流派の先生方がそれぞれ脈診や腹診をしたあとで、古代鍼を刺鍼(近づけただけ?)し、再び確認してもらったのですが、その変化に対する他流派の先生の驚きの表情が印象的でした。そして前世代とは違い、若い先生方は異なる流派やスタイルを受容し合える柔軟性を持っていることを知り、日本の鍼灸界にパラダイムシフトがおきたと感じました。優れた技術・学術を皆が共有し、さらに高めあう環境になると期待しています。

 

(※1)CGAについては、日本老年医学会のサイトからダウンロードできる『高齢者総合的機能評価入門』『健康長寿 診療ハンドブック』のPDF資料も参考になりました。

(※2)VBPの10プロセスの詳細は 、VBP的臨床推論のサイトの「基本:VBPプロセスの10要素」が参考になりました。

(※3)『東亜医学』については、電脳資料庫 - 東亜医学協会のサイトからPDF資料が読めます。「1939年(昭和14年04月15日)-第03号」に大塚敬節先生や柳谷素霊先生がマラリアについて執筆されています。

網上にある鍼灸院です
網上にある鍼灸院です