2014年

9月

28日

第29回弦躋塾セミナー

2014年9月14~15日の2日間、別府亀の井ホテルにて、第29回弦躋塾セミナーが開催されました。今年の特別講師は東京・越前堀鍼灸院院長の犬伏貞夫先生。東京都鍼灸師会常任理事や日本鍼灸師会理事、全日本鍼灸学会常務理事などを歴任されてきた先生です。今回は犬伏先生の45年にわたる鍼灸人生で培われた治療哲学や、鍉鍼による実技をたっぷりと指導していただきました。

安倍先生による開会の言葉
安倍先生による開会の言葉
会場の様子
会場の様子

犬伏貞夫先生
犬伏貞夫先生

治療の目標 

犬伏先生は、「人の仕組みを信頼して治療する。人の仕組みが出てくれば、人は勝手に健康になっていく」と言われた。つまり、人間に本来備わっている自然治癒力が働くようになるまで持っていくのが鍼灸師の目標であり、「人を自然の中の創造物として考えた場合、人の力の及ばぬ自然の力をどう活かして、人を生かすことができるか」というのがテーマであるという。犬伏先生は『素問・上古天真論篇』を例にあげ、生活の仕方によっては両親からもらった精を消耗して早死にしてしまうことや、人の一生を線グラフとして例え、左上(出生)から右下(死)に至るまでの斜め直線(坂道)をどれだけ緩やかに保てるかによって、100歳の寿命を全うできるかという話をされた。具体的にいえば、人は1秒ずつ老化していくが、事故や病気によってダメージを負った時点で、斜め直線がドンッ!と一気に下降(精が消耗)してしまい、坂道を転げ落ちて寿命が縮まるのである。それを鍼や灸、漢方薬を使って、できるだけ事故前、病気前の状態まで近づけるのが犬伏先生の治療目標であるそうだ。時系列で考えると、治療をしても絶対にダメージを受ける前には戻せないが、どうやって緩やかな坂にしようかということはできる。それが養生である。ある一定の幅で落ちたり上がったりしているのが日常で、その幅から落ちたのを戻してやるのが治療である。

自然に合わせて生きる

だからこそ、宇宙の仕組みに従って生きることが大切となる。自分だけで生きていると思うから病気になるのであり、自然界を無視した生き方をしてはならない。ところが東京は24時間型の生活になってしまった。セブンイレブンも24時間営業になり、地下鉄も24時間営業にしようという話が出ているが、これらは自然界のサイクルを無視した行為である。一日にはリズム(陰陽)があり、体のリズムがそれに合致していないと病気になる。薬でも使う時間によって効き目が変わる。肝臓癌の場合、正常な肝細胞は抗がん剤を分解する力は夜に高まることが知られている。夜は陰気を充実させ、昼間に陽気を発動させる元になるのが睡眠である。人は寝ることで体のシステムがリセットされ、元気で一日働けるようになるが、それが上手く行かなくなると気を病む。夜なべが続く環境が日常化したり、仕事の効率を上げるためのスピード化による緊張によって病気になるのである。同じく、夕食は夕方に食べるものであり、翌朝まで12時間程度空腹にさせるからこそ朝食の価値が出る。人間の都合によって生き方を変えてしまえば、長生きは到底望めない。

 

また人間の都合として、犬伏先生は日本が不妊治療大国になっていることについても述べられ、「一億の精子の中で一番元気なものが卵子と受精できる仕組みになっているのに、人間の都合でそれを無視している。命の誕生は父と母のパッションであり、試験管ではない。だからこそ消耗する先天の元気をどう養っていくかは我々の務めである」と強調された。生まれて最初の栄養は母乳、長じては飲食による摂取、取り出された栄養は精気である。生まれながらの真気と胃気と精気の3つによって生かされているのだから、食事のときに手を合わせるのである。我々は生き物の精気をもらって生きており、そこに感謝の気持ちがあってこそ、「いただきます」の言葉が生きてくるのである。同様に、祭りで担ぐ神輿はイベントではなく、神様を乗せて街を練り歩き、どうか私達の暮らす街を見守ってくださいという願いをこめて、皆で心を合わせて「ワッショイ」と掛け声をかけるのである。

 

人は自然の一部

労働の積み重ねやアンバランスの固定化で、気の滞りが血の滞りになってしまう。血の滞りになると西洋医学でもわかるようになるから病名がつく。つまり病気という形になる。形になる前にサインを見つけて対応できるようにするのが我々の仕事である。「この病気はこういう状況だから、このようにやっていったらいいと思う。ですからあなたもこうして欲しい。一緒にコラボしてやりましょう」という話し方をする。こうすれば先が見えるということを伝えれば患者は納得する。ホッとさせることが重要である。任せておけとは言わない。鍼灸師になって10年ぐらい経った人は「任せろ」と言いたくなるので要注意である。

 

初診の患者は不安を抱えながら、思い切って電話してくる。自然の一部として人間を考え、その中で患者に対して手助けできることはどういうことかを常に考えている。そして、その道具として鍉鍼を使っていると犬伏先生は語られた。

 

鍉鍼と知熱灸の適応

『霊枢』九鍼十二原、官鍼、九鍼論における鍉鍼の記載(「主按脈勿陥、以致其氣」、「病在脈、氣少当補之者、取之鍉鍼于井榮分輸」、「主按脈取氣、令邪出」など)や、間中先生による解釈を紹介し、鍉鍼は血虚、気虚ともに有効であることや、補法だけでなく直接的に瀉法にも使えることを説明された。また知熱灸は「施灸後に汗をかくとよく効く。その意味では瀉法である」(井上恵理)の説とともに実痛に効くことや、隔物灸として考えた場合には補法になることと、その場合は腰などにかいていた汗がスーッとひいて肌がサラサラになることを話された。

 

脈はふわっと当てて診る
脈はふわっと当てて診る
腹部の鍼
腹部の鍼
極めて軽微な手技
極めて軽微な手技

実技

犬伏先生はまず患者の足から触れる。脈も静かにそっと当てる。そのどちらも「ご挨拶」だと言われた。足から触り、だんだんと中心部に行って腹を触るのは、緊張させずに体の状態を診るためである。肺経は気の経であり、寸口の部分は気が浅い。触れるということで脈は変化する。一瞬たりとも同じ状態はありえず、常に変化している。触ると変化するのだから、それは良いことであり、だから治せるのだということである。そのために治療前と治療後には必ず脈を診る。また肌に触れる際にも、体表から5センチ位離れた場所で衛気を感じ取ってから、肌を触っているように見えた。後で犬伏先生にそのことをお聞きすると、「そういうことです」という返答があった。診断というのは見えないものを見ようとすることであり、病症病位を判断することである。鍼灸の場合は診断=治療となる。患者に対し、自分の持つ技術のどれが有効であるか判断することが大切となる。治療は痛くなく、最小の刺激で最大の効果をあげることを目標とするのが犬伏先生の治療スタイルである。

 

1.腰痛の女性モデル、靴下を履こうとしたら痛くなったという。腹診をすると上が虚で下が実している。これがゆるまないと腰痛は取れない。腰を治すには腹の治療が大切であるという。犬伏先生は鍉鍼を手で温めてから、関元に鍼を当てた。押手は肌に触れるのみで圧迫せず、刺手も鍉鍼を支えるのみ。少しずつ緩んできたのを確認し、天枢、期門あたりに鍼をしてから、曲泉、復溜に本治法を行なった。伏臥位になり、右志室の硬さを把握し、虚している左志室に鍼をする。ツボは点ではなく、面として捉えて緩める。内委陽にむくみがあるのは、緊張して勉強をしているからと説明して鍼をした。緊張の残った脾兪、三焦兪、志室のあたりに知熱灸を行なう。大きさは母指大よりやや小さめで、軽めに形を整え、6分から7分ぐらい燃えたところでピンセットを使って取り除いていた。これは「もぐさを置いた隔物灸」として行なっているとのことである。ヨモギは水でつけ、アルコールは駄目。より深いところを温めたい場合は、もぐさをピンセットでつかみ、体表から3~4センチほど離して熱を加える。これは灸頭鍼と同様に輻射熱の効果を狙ったやり方であり、遠赤外線の効果で深部まで熱が届くという。見ていて、灸が落ちないかと少し心配になったが、「もぐさの塊をとって掴めば、決して落ちることはない」そうだ。右肩井、天宗が張っているため、押手を少し強めにして鍉鍼を当て、知熱灸をする。右の力心点(腸骨点にあたる部分・硬いところ)も同様に治療する。犬伏先生曰く、これは以前にやったギックリ腰の後始末ができていないために、靴下を履こうとして発症したとのこと。知熱灸をしても血鬱が残った場所にはパイオネクスを貼った。痛みが取れても、血鬱を治さないとならない。10年でも20年でも後を引くので、しっかり治すことを患者に説明することが大切である。ムチウチも事故を起して10日経ってから始まる。小野文恵先生流に言えば、「血に入った」というそうだ。

背部の知熱灸
背部の知熱灸
遠赤効果を狙った知熱灸
遠赤効果を狙った知熱灸

2.右の頚が3週前より痛む男性モデル、胃腸の調子も悪いという。犬伏先生は膝に触れ、「膝の皿が動かないのは緊張が強い」と言われた。冷えが強く入って脈が遅く、陰気が上に上がらない。まず水を解決するために関元、水分に鍼をする。上逆のために右陰谷、これは右の頚を狙っての鍼である。血鬱の色が出ている腰の下のほうを中心に鍼をし、触って緊張のあるところを緩めていく。足を緩めると背中も緩まってくる。左右の三焦兪、腎兪のあたりに知熱灸をすると、血鬱の黒い色が茶色くなってきた。これは3週間前に冷えを受けて、昔の傷が出てきたものだと犬伏先生。モデルは以前にキックボクシングをしていたそうで、頚を診ると頚椎7番が硬い。おそらく頚椎5番あたりが古傷で、それが冷えて出てきたものという。天宗に鍼をし、頚をタオルやスカーフで巻いて寝ることや、窓からの冷気を防ぐためにカーテンを床まで覆うようにすること等のアドバイスをされた。


3.咳と肩こりの女性モデル、脈がやっと触れるぐらい沈んでいる。繊維筋膜症の既往がある。舌を診て、関元に鍼をし、「冷えを疑う」と犬伏先生は言った。冷えの原因は水の代謝が悪いからで、意識して水を取り過ぎないようにしなくてはならない。経渠、復溜に鍼を当てる。腎虚証で、臍の上の水分に虚がある。これを取らないといけない。舌のむくみはそれほどでもない。咳が出るのは尺沢、復溜で治療する場合もあるが、上逆を下げる目的で尺沢にパイオネクスを貼ると咳が止まりやすい。経渠は金穴だから取りやすいが、今回は水毒を考えているので腎虚証とする。肺虚証の場合は商丘を取ると咳が止まりやすい。臍の上に知熱灸をピンセットでかざす。伏臥位になり、犬伏先生は腰部の色の悪さを指摘した。腹の手術をすると腰の色が悪くなるという。志室も硬く、これは水と血の両方に問題があり、慢性化しやすいので毎日のように治療したほうがよいと指導された。血は動きが悪いので、治療を繰り返すことが大切である。産毛の色が見えなくなるまで治療を続けること。また、水分や野菜、果物の摂取を控えめにするようにとのことだった。

 

4.3年前から爪の色が白くなった男性モデル、朝晩だけ鼻水、痰、鼻づまりがあるという。「爪の形状は悪くないので、おそらく皮膚病の類だろう」と犬伏先生。脈は肺虚証で、汗がジトッと出ている。肺虚証の場合はさらに浅い治療でよい。関元、顖会、百会、角孫の付近に鍉鍼を当てていく。モデルは10年以上介護職をしており、気の使い過ぎによって肺虚証になったものと思われるが、体質的に肺虚証でもある。気分転換をすることが大切で、自分でも治療をするとよいと言われ、太淵、太白に鍼をしたのち、臍の上に知熱灸をかざした。伏臥位になり、背中の大椎~身柱の上焦の部分に熱を感じるが、これは尺沢で取れるとのこと。脾と腎の部位(背部を上中下の三部に分けた場合の中、下)に知熱灸を4ヶ所行なう。灸は3つまでで、大体2つで変化が出るという。座位になり、肩井、肩外兪、尺沢に鍼を当て、天宗と尺沢にパイオネクスを貼って治療を終了した。

 

犬伏先生は塾生1人ずつにも鍉鍼の当て方を指導し、鍼を当てるだけで変化が起きることを体験させた。そして最後に大塚敬節先生の「散木になるな」、枝葉にならずに幹になれという言葉を紹介し、「今日の体験をどこかで生かして欲しい。鍼灸ほど素晴らしい仕事はない。毎回治療をして、脈の変化がおきて、やったという自覚が得られる。その積み重ねによって間違いなく患者さんが良くなる。一生の仕事にしていただきたい」と述べて2日間の講演を終えられた。

塾生に鍉鍼を体感させる
塾生に鍉鍼を体感させる
首藤先生、安倍先生と犬伏先生
首藤先生、安倍先生と犬伏先生

感想

「鍼灸は自然体の医学であり、それを実践するためには鍼灸師が自然体の構えを心身ともに作り上げなくてはならない」という犬伏先生の言葉と、移精変気(シャーマニズム)に対して、「現代でも通用する大事な手法」と評価されていたことが印象に残りました。その根拠として天人合一の思想が土台にあることや、自然界の法則に畏敬の念をもって生きる大切さというものが講義の中から感じ取れました。鍼灸師自身が自然の仕組みを尊重し、同化して生きることで、まずは己の健康を獲得し、より感覚も研ぎ澄まされ、患者の虚実寒熱も見えてくる。そういうことを教わった思いがします。

 

シャーマニズムを肯定するということは、「信巫不信医」(『史記扁鵲伝』の六不治)や、鬼神を否定した素霊医学の考え方に反するわけですが、その一方で『素問・移精變氣論篇』では「八風六合という自然現象と位置関係には変わらぬ法則があるように、人の色脈の変化にも微妙な法則がある」ことや、顔色と脈状と自然の関係を知ることの大切さを説いています。また2千年も前の時代でも、「今の世は憂患が内に縁り、苦形その外を傷る」と、精神的ストレスや過度の肉体労働で体を痛めている状況が伺え、手遅れになってから微鍼をしたり湯液で処置することを批判し、人間が四時に本づいて生きていた上古や中古の時代を懐かしんでいるかのようです。ここからは人体生理の日周リズム、月周リズムがしっかりしている人ほど病気にならないことや、精神的ストレスや過労がある人ほど治らないことが見えてきます。そして「治療の要点は唯一、戸を閉じ、窓を塞いで、精神を病人に集中し、繰り返し正確な問診をして、病人の心の中まで把握すること」とあり、これは現代我々が行なっている鍼灸治療でも全く一緒です。

 

同じく『湯液醪醴論篇』に、「上古の聖人は薬を準備するだけで服用はしなかったが、中古の時代になって人々の行動規律が乱れたために邪気が侵入して薬を服用するようになったこと、さらに今世の人は体が疲弊して血も尽き、薬や鍼灸をしても必ずしも治らない」といったことが記されています。ここからも、人が自然の法則に合わせて無理せずに生きれば、病気になりにくいということがわかります。犬伏先生のレジュメタイトル、「寝りゃ治るよ」という言葉は、ここに繋がると思います。

 

鍉鍼で治療をするためには当然、気に敏感であり、鋭い感覚の持ち主でなくてはなりません。しかし能力には個人差がありますし、熟練度も大きく関わってきます。私達も毎日研鑽を続けて、いつか犬伏先生の境地に達するよう頑張りましょう。

懇親会にて、乾杯!
懇親会にて、乾杯!

常講

村田守弘先生のリレー講義では、ドイツセミナーの報告と実技がありました。ケルン市の景観や、ステファン・ブラウン氏と行なったセミナーの様子がスライドで紹介され、続いて村田先生の日常的な臨床と、基本証の立て方、標治法の取穴、刺鍼と施灸の選択をポイントに実技が行なわれました。塾長の首藤傳明先生は、初日に「臨床半世紀」を講義され、2日目には実技を行ない、超旋刺と鍉鍼による治療を披露されました。セミナー参加者も積極的に勉強されていたようで、とても充実した2日間だったと思います。

 

高嶋のリレー講義については、次回に掲載します。

村田守宏先生
村田守宏先生
首藤傳明先生
首藤傳明先生
首藤先生の実技
首藤先生の実技

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