2015年
10月
30日
金
第30回弦躋塾セミナーの3回目です。今回は実技についてレポートします。首藤先生は2日間で10名のモデル患者に実技を行ないました。主訴は以下のとおりです。
モデル1男性:足の痺れ、腰痛。
モデル2男性:右膝痛。
モデル3女性:顎関節症・左耳閉感。
モデル4男性:左腰の痺れ・左わき腹がつる。
モデル5男性:疲労感・気分が悪い。
モデル6女性:肩こり。
モデル7男性:背部痛・動悸・不眠症。
モデル8男性:視力低下・背腰痛。
モデル9女性:頭痛・肩こり。
モデル10女性:咳。
首藤先生はモデルに対して、基本的には1寸02番の鍼を単刺で用い、ケースによっては鍉鍼を使いました。また耳めまい点、腋下点、内膝眼などには皮内鍼を保定しました。先生の手技はとても速く、あっという間に治療が進んでしまいます。初めて弦躋塾に参加された方や学生の方には、そのスピードに追いつけず、細かな治療ポイントが分からなかったかもしれません。ここではモデル1の治療について、写真を見ながら詳しく復習してみます。以下の写真はクリックすると大きくなります。
はじめに仰臥位で足背動脈、後脛骨動脈の拍動を触診する(写真1~2)。どちらも陰性である。次にSLR、PTRテストを行なう(写真3~4)。ともに陰性である。腹診では腎の部位である石門が虚して陥凹しており(写真5)、脾の部位である左梁門をつまむと少し皮膚が厚く(写真6)、押さえると少し硬い(写真7)。こういう人は飲みすぎの傾向がある。同様に肝の部位である不容、心の部位である巨闕、肺の部位である中府に腹診をするが問題はない(写真8~10)。
脈診では腎虚証か肝虚証のどちらかが疑われた(写真11)。切経では左の曲泉が虚しており、復溜や太白に反応は出ていない(写真12)。そこで脈をはっきりさせるために、※石門・中脘・左梁門に超旋刺を行なう(写真13~15)。※石門は長めに(約20秒)、中脘と左梁門は短く(約0.5秒)補った。腹部の鍼をしてから、もう一度脈診をする。証決定は肝虚証とする(写真16)。
左の曲泉付近を軽くさすり、最も凹んだところに取穴する(写真17)。本治法は時間をかけて入念に行なう(写真18)。片側の1本が大切である。初心者は鍉鍼を使ってもよい。気が至り(約20秒)、さらに回旋を続ける(着地から抜鍼まで1分ほど)。脈を診て、虚が補えたのを確認する(写真19)。あとは力を抜いて治療をする。左陰谷、右曲泉、右陰谷(写真20~22)を補い(0.5~1秒ほど)、相克経を補う意味で足三里、曲池(写真23~26)に刺鍼(0.5秒以下)する。脈を確認して(写真27)、石門と右足三里に灸点をつける(写真28~29)。大腿部の胃経と胆経に触れ、叩打痛を調べ(写真30)、胆経側(風市付近)に圧痛が強いことを確認する(写真31)。右上側臥位になる。左足は伸ばし、右股関節は屈曲して右膝をベッドにつける。このときに痛みを訴えれば股関節の異常を疑う(写真32)。
臀部の叩打痛と圧痛を診て、殿頂を取穴する(写真33~34)。ここは非常に大事なツボになる。殿頂を刺鍼する(写真35)。この姿勢だと深く入れなくてよい。1cm少々。置鍼をしてもよい。ちょっと置鍼をする間に、今の人は頭を使い過ぎるので、後頭部の鍼をする。柳谷風池、風池と触診し、風池(硬い)に刺鍼する(写真36)。肩井に刺鍼(写真37)。殿頂に灸点(写真38)。胆経の痛み・痺れがあるので、環跳に1cm刺入し、雀啄を5回する(写真38~39)。環跳は足の痙攣によく効く。
伏臥位になり、右大腸兪(硬い)、跗陽、飛陽、至陽、左肝兪を取穴する(写真40~44)。督脈も診て、反応のある人は必ず使う。超旋刺でよい。大腸兪に1.5cm刺入、回旋をする(写真45)。右跗陽に刺鍼(写真46)。跗陽はかなり有用なツボで、足の痛み、背中、頚、頭、目など膀胱経の症状を取るのにいい。場所は腓骨の骨際にとる。置鍼をしてもよい。右飛陽に刺鍼する(写真47)。
至陽に刺鍼(写真48)。左肝兪は鍼柄を弾いて、やや入念に補う(写真49~50)。左大腸兪、右肝兪、左右の心兪付近に一瞬だけ刺鍼(写真51~52)。座位になり、素早く斜角筋や僧帽筋の反応を探り、肩井、天膠に刺鍼し、散鍼して終了(写真53~55)する。
首藤先生は、「これが腰痛、ヘルニアの治療。あとは反応を診てツボを決めるが、これが標準の形です」と述べた。
以上、モデル1の治療から、取穴や刺鍼のポイントを復習してみました。写真で見るとツボの位置、刺鍼の角度、手の形といったことが理解しやすいと思います。また、実際は流れるように治療が進んでいきますが、手技をひとつひとつ分割すると、実はこれだけ正確な取穴と刺鍼を繰り返していたということも分かります。もちろん治療の舵取りは観察力や診断力であり、正確な四診ができるからこそ、治療がスムーズに進むわけです。首藤先生は瞬間的な見極めができるので動作に無駄がなく、素早い治療ができるのでしょう。これが56年の臨床で培われた「技」なのだと思います。
今セミナーは首藤先生の技術をしっかりと学べる最後の機会であり、何とか良い記録を残したいと思いました。いつも先生の手技を撮影する際は手元のアップが多いのですが、同時に少し引いたアングルがあれば、刺鍼時の姿勢など全体的な状況を把握しやすいと考え、超広角で撮れるアクションカメラを併用しました。何しろ買ったばかりでぶっつけ本番でしたが、フリープレートや一脚、自由雲台などを使い、どうにか上手くいきました(水谷先生のアイデアで小型ライトも使いました)。ここに載せた写真の多くもアクションカメラの映像から切り出したものです。セミナーに参加した人のおさらいに、また参加しなかった人にも、首藤先生の技術を学ぶ参考になれば幸いです。
また今回、第30回弦躋塾セミナー記念として、首藤先生から参加者全員に『鍼灸治療銘銘』という小冊子がプレゼントされました。先生曰く、「私の秘伝が全部書いてある。これだけやれば7割~8割は治る。治らないところは皆さんが工夫すればよろしい」とのことです。読み込んで、実践あるのみです。
2015年
10月
15日
木
第30回弦躋塾セミナーの続きです。今回は首藤先生の講義についてレポートをします。
腹部における五蔵の診断・治療点はどこかというと、場所は必ずしも一定していません。そこで、古典の記載から現代の先生方までの腹診を比較対照し、あわせて首藤先生が長年の臨床から暫定したポイントを紹介しました。
募穴:もっとも標準的で、あばらに沿って
五蔵の診断点があるのが特徴。
肝募 期門
心募 巨闕
脾募 章門
肺募 中府
腎募 京門
難経:臍を中心として囲む配置。
図式的な感じがしないでもない。
肝脉 其内證.齊左有動氣.
心脉 其内證.齊上有動氣.
脾脉 其内證.當齊有動氣.
肺脉 其内證.齊右有動氣.
腎脉 其内證.齊下有動氣.
脉経:募穴と比べると、腎が下腹部の
両側に位置している。
肝部 太倉の左右3寸
心部 鳩尾の下5分
脾部 季肋の下前1寸半
肺部 雲門
腎部 関元の右に在り。左は腎に属し、
右は子戸に属す。
夢分流:肺があばらに配置されている。
肝蔵 両章門ならびに章門の上下 肝相火
心蔵 鳩尾俗に水落という
脾蔵 鳩尾の両傍を脾募と号す
肺蔵 肺先は脾募の両傍なり
腎蔵 左腎水 右腎相火
本間祥白:経絡治療家としては、はじめて
明確なポイントを示す。
肝は両脇下(期門)
心は心下部(巨闕)
脾胃は臍の上上中下三脘及び水分(中脘)
肺は左右肋骨の上(中府)
腎は臍下(石門)
※()は首藤先生による。
歴代の腹診における五蔵の配当をみると、心蔵だけがほぼ同じで、他の四蔵は確定されていません。また柳谷素霊・岡部素道先生は夢分流に、小野文恵・西澤道允先生は難経に準じた腹診をされていたようです。次に首藤先生の臨床から導かれた診断点を記します。
肝蔵 右季肋部に反応が多く現れる。
右不容が最たるもの。8肋軟骨付着
部、乳中の下2肋間も反応部位。
心蔵 巨闕。膻中は心臓の反映よりも胃や
食道の症状が、また心臓関係では
心臓実質よりも自律神経の症状が
現れる。心包の応点とみると納得。
脾蔵 中脘から左にかけての部分。
左梁門、膵臓の反応点である。
肺蔵 前胸部の陥凹または硬結圧痛の
ある部位。範囲を外・下に広げて
みる。中府がよい。
腎蔵 下腹部任脈、関元・石門・気海付近
に顕著に現れる。『明堂経』では
関元の主治が18項目、石門が27
項目、気海が4項目と、石門を最
重要視していたことを伺わせる。
※首藤先生は肝蔵の反応を詳しく診るときに、患者の右側から触診します。
首藤先生によると、最近の患者さんは刺激に対して敏感な人が多いそうです。刺入鍼では効かない時に超旋刺を用いて上手くいくことがあるように、超旋刺で上手くいかないときに大型鍉鍼に替えてみると上手くいく。そして大型鍉鍼で上手くないときは小型の鍉鍼で軽くおさえるようにすると良くなるそうです。今回は霊枢の記載を参考にしながら、鍉鍼についての解釈と、首藤先生の臨床での応用について解説がありました。以下に要約します。
鍉鍼の歴史は古く、中国古代では早くに使われていたそうです。『霊枢・九鍼十二原第一』に、鍉鍼は九鍼のうちの3つめで、長さは3寸半(漢代の1寸は2.3cmなので8cm)、「鋒如黍粟之鋭.主按脉.勿陷以致其氣」とあります。丸山昌朗先生の訳(『小林健二古典資料庫』)では、「先端が黍や粟粒の先のように小さく、やや丸くとがった感じで、血脈を圧迫するのが目的であるが、その場合に脈や其の他の組織を傷めるほど強く圧迫しないように気をつけなければならない。鍉鍼で動脈を圧迫してから離すと、それまで滞っていた気血の流れがよくなり、正気を充実させることができる」と解説されています。また家本誠一先生の『霊枢訳注』では、「鍉鍼は鍼先が黍や粟の実の尖の様に鋭利である。経脈にそって按摩し(減弱していた)精気を招き寄せ、気血の流通を良くするのに使う。その際、脈に刺入してはいけない」と訳されており、鍉鍼とは尖っているけど刺入はせず、皮膚を圧して気血の流れを改善させるための鍼ということがわかります。
『霊枢・九鍼論第七十八』では、天地自然の数理に基づく法則から、三は人であり、人を育成し全身に気血を供給するために必要なのは血脈であり、その血脈が病になったときに用いるのが鍉鍼であることや、血脈を按摩して血気の流通をよくするために鍼尖を員(まるい・円形)にし、鍼が脈に落ち込んで傷つけることなく、邪気だけ排除されるようにすることが記されています。
鍼先が丸いのかと思ったら、すぐ後ろの鍼の長さについての記述のところでは「法を黍粟の鋭に取る」とあります。いったい丸いのか鋭いのかはっきりしませんが、人民衛生出版社の『霊枢経 講釈』には「員而微尖」と、丸山先生と同じような解釈がされています。黍や粟の実か籾かによっても鋭さは違ってくるでしょう。黍の籾などはけっこう尖っているので、鍉鍼が「気をつけないと脈まで陥る」ほど鋭いというのも納得できます。あるいは、それぐらい神経を集中して血脈を圧しなければ、気血の流れを良くすることはできないのだという教えなのかもしれません。「手に虎を握るが如し」ではないですが、読んでてそんな気になってくるのです。今回、鍉鍼に関連して『素問』の寶命全形論篇や八正神明論篇などを読み、宇宙と人の生命との間に流れている深遠な哲理と、気至る鍼を打つためにはどのような気構えであるべきかを思い知らされました。新卒のころ、ただ読んで勉強したときは何も気がつかなかったのですが、臨床を重ねてから読むと古典の凄みに圧倒されてしまいます。それにしても、遥か古代に「世も末となった今の治療ときたら、理論も考えずに虚を補し、実を瀉してるだけだ」と著者が嘆いているのに、数千年後の自分も似たような治療をしていて反省しました。
『霊枢・官鍼第七』では、「病在脉氣少.當補之者.取之鍉鍼于井滎分輸」と、病変が脈にあって気が少なく、補法を行なうべき場合は、鍉鍼で井穴や滎穴、その他の兪穴に治療すること書かれています。また『霊枢・熱病第二十三』では、「熱病頭痛.顳顬目(疒挈).脉痛善衄.厥熱病也.取之以第三鍼.視有餘不足.寒熱痔」と、熱病で頭が痛み、こめかみと目が痙攣して脈(胆経)が痛み、鼻血がでるのは厥熱(肝経)の病であり、このときは第三の針である鍉鍼で補寫を行なうと書かれています。(寒熱痔は衍文のようです)
本間祥白先生は鍉鍼について、「員鍼と共に他の鍼とは違い刺入せず、皮膚上を按じて治療効果を挙げる為のものである」とし、「補法を行なうことを目的とし、その症候は虚証であって、血虚および気虚いずれにも使用される」と言っています。
首藤先生は自身の臨床的な立場から、「鍉鍼の種類は色々あるが、自分の使いやすいものでよい」と述べました。これまでに鍼のメーカーに注文して寸3・10番の金鍼の先を丸くしたものや、1寸の長さにしたものなどを使ったそうですが、現在は八木素萌先生が考案した汎用太鍼を使用しているとのことです。
本治法
取穴は毫鍼と同じ。皮膚に鍼先を当てる角度は30度ぐらいで軽く按圧し、超浅刺のつもりで軽く回旋する。刺激ではなく補うという意識で行うこと。うまくいくと1本で調う。鍉鍼で気至るを感じるのは難しいので、脉の変化で判断すればよい。上手くない場合は、本治法、標治法を続けていくと、最後は「いい脈」になる。鍉鍼が適応する患者は虚証なので、ごくごく控えめに、腹八分にすること。あまり脈状にこだわると刺激過剰になりやすい。
標治法
自由に使ってよい。毫鍼による散鍼のように軽く広く使う。硬結があれば少し按圧する。太鍼で押せばかなり強烈な指圧効果となる。もともと指圧のルーツは太目の鍉鍼であるから、もっともなことである。小児鍼として使う場合は、なるべく寝かせるようにして擦過する。
鍉鍼は使いやすいだけに刺激過剰(瀉)にならぬよう注意が必要である。
以上で、首藤先生の講義レポートを終わります。次回は実技について書きます。
2015年
10月
05日
月
2015年9月20~21日の2日間、別府市の亀の井ホテルにて「第30回弦躋塾セミナー」が開催され、全国から160名を超える参加者がありました。今回が最後の弦躋塾ということで、皆さんそれぞれの思いで会場に足を運ばれたことと思います。私も、「ついにこの日が来た」という気持ちで参加しました。前の晩は頭が冴えてしまい、眠ることができなかったです。
今回の特別講師は『北米東洋医学誌』主幹で、カナダ・バンクーバー在住の水谷潤治先生です。世界中で日本式灸療法の講演をされており、日本よりも海外で有名な鍼灸師かもしれません。Junji Mizutaniと検索すると、各国でのモクサ・ワークショップの記事を見ることができます。深谷灸や澤田流をベースに独自のスタイルを確立されており、クールな外見の内側に情熱を秘めている先生です。今回は弟子の大西真由先生と二人で、竹筒を使った灸療法の実際を講演していただきました。
塾長の首藤傳明先生は「腹診」と「鍉鍼」についての講義と、10人に及ぶ実技を行ないました。無駄をそぎ落とした配穴、素早く正確な取穴と刺鍼、治療全体の流れにおけるリズムやアクセントといったことが存分に学べたと思います。私もビデオ撮影をしていて、とても83歳とは思えぬ気迫と、海外セミナーのときのような緊張感が先生から伝わってきました。首藤先生、水谷先生ともに内容のぎっしり詰まった講演で、弦躋塾31年間のフィナーレを飾る素晴らしいセミナーでした。
直接灸といえば、熱い、灸痕が残る、という印象がありますが、水谷先生の治療原則は患者の症状を楽にさせることであり、「熱くない、痛くない、気持ちのいいお灸」を実践されています。そのための道具として、竹筒・紫雲膏・(モグサをひねる)板などが使われます。
今回、水谷先生からセミナー参加者に竹筒と板と紫雲膏がプレゼントされました。写真の右から2番目が水谷先生の竹筒です。右端は深谷灸の竹筒ですが、それより短く、節によって浅い側と深い側に分かれています。浅い側は火が早く消えやすいため補法・虚証に、深い側は寫法・実証に用いるほか、皮切り(1壮目)には浅い側を使い、2壮目から深い側にするなど、熱さの調整がしやすいです。その隣がモグサをひねる板です。モグサをのせて2枚の板を軽くすり合わせると、簡単にひも状の灸が作れます。これが思った以上に便利で、一定した品質のものが米粒大から糸状灸まで自由自在に作り出せます。もちろん鍼灸師ならば指で捻れなくてはならないわけですが、竹筒を使う場合は、ひも状の灸のほうが長くすえ続けることができるのと、竹筒を持ち替えずに済むので好都合です。また、このやり方なら外国人でも簡単に灸をすえることができるので、日本式の灸を世界に普及させるためにも有利だと思いました。このへんは型にとらわれない水谷先生ならではの発想ではないでしょうか。左端は水谷先生の自作した紫雲膏です。ごま油のかわりにオリーブ油を使っているのでベトベトせず、臭みもありません。市販品よりも使いやすいです。この他、ガムテープの筒と炭化モグサを使った遠赤効果の灸(温暖ヒーター)や、塩灸の紹介もありました。
竹筒は基本的に左手の3~5指で持ち、母指と2指で(ひも状にした)モグサを送り出します。右手は線香を持ちます。竹筒の持ち方にはバリエーションとして、5指を竹筒の裏側にずらして4指と挟む持ち方もあります。この持ち方だと(たとえば座位などで)横向きや斜め上の部位でも押さえやすいです。同様に線香の持ち方についても解説がありました。右手の2指と3指に線香を挟む持ち方よりも、母指と他の指全体で持つほうが色々な角度に対応できるとのことです。
灸熱刺激によって自律神経・ホルモン・免疫系を賦活させることができます。この3つが「気の本体」であると水谷先生は言います。構造的なゆがみを整えるには指圧や操体法が向いており、冷えや熱、虚実など陰陽のバランスをとるには経絡治療が適しているそうです。そうやって熱や冷え、湿、痛み、凝りをとります。凝りがとれれば病気は治るとのことです。患者で来る人は、もともと交感神経が高ぶっていることが多いため、基本的に交感神経を刺激する治療はしません。もちろん副交感神経が高くなって病気になっている人もいますが、
それは陰陽(補寫)を考えて治療すればよいとのことです。
鍼は気を流しますが、灸は熱とやけどなので、血液と津液が直接変わります。お灸は確かに焼くと効きますが、患者には日焼け程度にします。そのくらいでも皮膚下では異種蛋白ができるそうです。竹筒を使うと、透熱灸と8分灸の中間ぐらいの刺激量になります。皮膚を圧迫して沈めたところで燃焼するため、熱感は深く入ります。その際、圧迫した竹筒を少し捻ると、より熱さが緩和されます。竹筒を柔らかく押すこと、そして押しているリズムによって副交感神経を引きだします。人間の温度に対するレセプターには幅があり、低温でも、あるいは脳が痛いと感じなくても皮膚はちゃんと区別ができているそうです。超旋刺や接触鍼なども皮膚のレセプターを刺激していて、すぐに免疫細胞(Th1・Th2・インターフェロン・インターロイキンなど)が活性化するのだと水谷先生は述べました。
実際の灸治療では急性症と慢性症に分けて考えます。急性症は対症療法で瀉法、慢性症は補法で全身治療を行います。急性の場合は痛みや熱を頓挫させるため、虚証の人でも瀉法をします。お灸には特効穴・名灸穴といった「必ず効くツボ」が存在し、深谷灸が優れています。しかし、深谷伊三郎先生が言うように「経穴は効くものではなく効かすもの」であり、よく触診する必要があります。また経穴は移動するので、地ならしをして2段階で効かすようにします。少穴でやる場合は、局所ではなくエリアとして考え、指先のレーダーでツボを探します。これが上手いのは首藤先生で、撫でているだけで気が動いてしまうとのこと。しかし、ただ撫でているだけでなく、魚群探知機で魚がいるところを追いかけて撫でているのだと水谷先生は解説しました。
慢性症は虚証になっているので、全身治療が基本となります。消化機能、排泄機能を良くして全身の力をつけることが大切で、これには澤田流(太極療法)がベストだそうです。また、体力がある患者には鍼治療+太極療法+対症療法(置鍼や多壮灸)などを組み合わせますが、がんの末期など虚証の患者には灸のみにします。慢性の場合は少なくても6週間は治療をして再検討を行います。長期にわたって薬(ホルモン剤や鎮痛剤)を飲んでいる患者は、鍼灸治療による反応が出にくいそうです。
実技では腹部の灸、背部の灸、座位での灸などをデモンストレーションしていただきました。左右から二人がかりで灸をすえるのは初めて見ましたが、連続で素早くすえていく技術は圧巻でした。私も早速自分で試してみたのですが、ふだん8分灸などを右手で消すくせがついているので、連続してすえていると、つい竹筒を右手に持ち替えたくなってしまいます。また連続して2~3ヶ所に火をつけながらタイミングよく竹筒で押していくという動作は、見るのは簡単ですが、実際にやると難しいです。特に左手は竹筒を保持しつつモグサを送り出すという二つの動作を一緒にしないとならないので、急ぐと竹筒を持つ手に力が入って重心がずれたり、タイミングが間に合わず右手の指で火を消したりしてしまいました。初めは艾炷を長めにして、リズムよくすえられるように練習あるのみです。
今回、ビデオを撮っていたら肩が痛くなってしまい、2日目の昼休みに大西先生から治療していただきました。竹筒灸は自分が思っていたよりも熱くなく、ジーンとした刺激で心地良いものでした。竹筒の押し方もグイグイ押すのではなく、軽く指圧されている程度の感覚です。施術後、少ししてからヒリヒリ感が現れましたが、程なくして消えました。おかげで痛みも楽になり、無事にビデオを撮り続けることができました。
水谷先生の灸法は、日本式お灸の良い部分と現代人のニーズに合った理論・柔軟性を兼ね備えていると感じました。だからこそ、灸をすえる習慣のない外国の人々からも受け入れられているのでしょう。その一方で、日本では時代とともに灸が嫌厭されつつあるのが現状であり、点灸をしない鍼灸師も増えています。このままでは貴重な日本の伝統医療技術が廃れてしまう恐れすらあります。熱いから、火傷になるから、痕が残るから嫌われるのであれば、そうならないように工夫しつつ、本来の効能をできるだけ出せるようにするしかありません。水谷先生の竹筒灸はそれに対する有力な回答であり、日本の鍼灸界にとって福音になると思います。
私は水谷先生を人間として、鍼灸師として尊敬しています。日本人にありがちな、枠にはまって、その中で大きい顔をするような人物とは違い、独自に己の道を追求している人だからです。世界中で活躍している先生なのに、先輩面をせず、威張った態度も見たことがありません。(日本ではそういう小物の鍼灸師が多いです)また竹筒や板、紫雲膏だってオリジナル品であり、儲け主義のガメツイ鍼灸師ならば高い値段をつけて会場で売っているところです。しかし、水谷先生はセミナー参加者全員のために、カナダから別府まで持参して、皆に無料で配ってくれたのです。一体、全て作成するのにどれくらいの時間が費やされたことでしょう? そしてそのコストは? そういう見えない部分の苦労や配慮は、他人からわかりにくいものです。私は水谷先生のそういうところに憧れ、見習わなくてはと思っています。
水谷先生に初めてお会いしたのは2004年のシアトルセミナーの時でした。塾長から海外セミナーの撮影を命じられて同行したのですが、現地で色々あってそれが叶いませんでした。自分にとっては情けないやら屈辱やらで散々な思いをしたのですが、そのとき水谷先生が励ましてくれたのです。そして、2009年のサンフランシスコセミナーの際には、「高嶋さんがビデオ撮影してくれないか」と声をかけて頂きました。そしてサンフランシスコセミナー最終日のこと、深夜2時過ぎにビデオテープのダビング作業を終えて、ホテルの水谷先生の部屋までマスターテープを返しにいきました。時間が遅いので、ドアの取っ手に吊るしておくという約束だったのですが、窓から部屋の明かりがもれており、『鍼灸真髄』を真剣に読む水谷先生の姿が見えたのです。とっくに寝ているはずと思っていたのですが、「飛行機が朝早いからさ、寝ないで勉強することにしたよ」という先生。以来、私は水谷先生の心配りと、治療家としての探究心に敬意を抱いています。
最後になりましたが、水谷先生から北米東洋医学誌(NAJOM)とMoxafrica(モクサアフリカ)についての紹介がありました。どちらもボランティアによる運営です。皆さん、ぜひ参加してください。
北米東洋医学誌
モクサアフリカ
※次回は首藤先生の講演について書きます。